さて恵には尊敬できない父がいる
金のために自分を売り飛ばそうとした、とんでもない父親が
尤も途中で踏みとどまったようだが、売ろうと思った時点でクズである

そしてそんな父には弟がいた
幼くして亡くなったという彼の人の話を、恵は父から聞いたことがあった
曰く身体の弱い人だった
曰く優しい人だった
曰く笑顔が可愛かった

父の主観とごく僅かな客観的事実から語られるその話を、恵は幼いながらに真剣に聞いていたものだった
何せその話をする時の父は何処か寂しそうに見えたからである


父が消え、不審者に拾われ、高校生となった恵は彼の人と邂逅を果たす
そう件の父の弟、元い巴である
巴は赤い目が特徴的の至って普通の人だった
この場合の普通とは性格を指す
恵の周りには性格がとても“アレ”な人が多かったため、巴を本気で尊敬した
あの父とかつて血の繋がりを持ちながら、よくも擦れずに成長できたものだと
擦れた己の実体験を大いに含んだ上での敬意である

少し天然が入っているのか、声高に「恵くんを貰う」と叫ばれた時は驚いた
あれ以来五条は執拗に「いつ結婚すんの?」とニヤニヤ笑いながら聞いてくるのが心底うざいが
しかし無意識に巴を目で追ってしまう自分がいた

やがて父に向ける眼差しと自分に向ける眼差しが違うことに落胆した
虎杖への笑顔が自分に向けるものより柔らかいことに気付いて虚しくなった
しかしそれらの気持ちは「恵くん」と自身を呼ぶ甘く暖かい声にかき消される
その声を聞くと、好きだなと思えるのだ


は?
恵は混乱した
無意識に脳内で呟いた言葉に驚く
好き、自身が巴に対し好意を抱いているとは思わなかった
しかし言葉にするとしっくりくる
あぁ俺は巴が好きなんだ、と実感した

それからというもの恵は巴を避けた
巴と軽く手がぶつかっただけで顔が真っ赤になる恵は、それはもう分かりやすかった
そういうことに鈍そうな虎杖にバレる程には分かりやすかった

そして友人達の助けを借り─五条は冷やかししかしなかった─なんと巴と交際することまで漕ぎ着けたのだった
弟の虎杖は「伏黒なら兄ちゃん大事にしてくれそうだし」と言って笑って許してくれたが、巴の兄である父は大反対だった
あのクソ親父なら誰が相手でも認めないだろうが


かつて父の口から語られた彼の人は、今自分の隣にいる
父に向ける眼差しより、うんと甘い眼で恵を見ている
虎杖への笑顔より、恥じらいを含むはにかんだ笑顔が恵に向けられる
優越感にも似た気持ちが込み上げてきた


そして交際して、父の言葉だけでは知らなかったことを知った
真面目そうに見えて意外と寝汚いことや、燃費が悪く食べることが好きであること、赤い目をあまり好いていないことなど
一つ、また一つと巴のことを知る度にどんどん好きという気持ちが大きくなっていった

時折ゼ○シィを渡してくる五条と夏油には腹が立つしかし、それを巴が楽しそうに読んでいる様子を見るのが恵は好きだった
結婚というものに良い印象のない恵だったが、巴が自分との将来を楽しそうに話す様をみて悪くないと思うようになった

初デートで行ったカフェでは会計をどちらがするか、財布の出し合いになったが「次は僕が払うからね!」と巴が言ったことで決着がついた
勿論恵は次も巴に払わせる気は無いが
それ以来、そのカフェに二人は度々行くようになった
見目のいい男子高校生二人が互いに食べさせ合う様子は、そのカフェの店員たちをほっこりさせた

初めはあれほど初心だった恵も、3ヶ月経つ頃には巴の手を引くことにもすっかり慣れていた
巴と虎杖が並んでテレビを見ている間に割り込んで座ることにも躊躇いを覚えなくなった
五条はそれを見て「器の小さい男は嫌われるよ〜」と茶化すが、それを無視して巴の肩に顔を埋める
そうすると巴は「仕方ないなあ」と笑って甘やかしてくれることを最近学んだ

恵は巴をとても大切に扱っていた
しかし一度巴を泣かせてしまったことがある

それは二人で任務に向かったときのことだ
そこには二級程度の呪霊が報告書の記述より数体多くいた
苦戦しながら、あと一体まで追い詰めトドメを刺そうとしたその時だ

その呪霊が最後の力を振り絞って巴に襲いかかった
避けられないと覚悟した巴がギュッと目を瞑っても痛みはやってこなかった
目の前には血だらけの恵がいた

そして奥に力を使い果たして消える呪霊が見えた

「恵くん!恵くんっ!」
巴は応急処置をしながら補助監督を呼ぶ
そして家入の元まで運ばれ手当を受けた
命に別状はなかったが、巴は自分を庇って恵が大怪我を負ったことを後悔していた
死んでしまうと思った

そして巴が恵に泣きながら話した
「自分の命を大事にして」「庇わなくていい」と
ヒクヒクとしゃくりあげながら、話す巴はどうにも幼く見えて恵は黙って抱きしめた
巴の言葉に肯定しなかったのは、守れない約束をしないためだった

ただ恵の袖をギュッと握りしめながら、置いてかないでと言う巴の言葉には頷いた
巴を置いて死ぬつもりは毛頭ない
己が死んだ後誰かに取られてしまうのは癪だった


こんな感じで日々恵と巴はイチャついている
釘崎の「リア充爆ぜろ」の対象は100%この二人であり、甘党の五条すら時に砂糖を吐きそうな顔をする
偶に姿を見せる夏油は「あの甚爾の息子なのに爛れてない…?」と宇宙猫の顔をしていた

要するに恵と巴は幸せである