初めはただの教師だった
弟を救ってくれて、それから兄に会わせてくれた

弟が死んだ時謝ってくれた

何かと気にかけて貰ってると思う
だからという訳では無いが、気付いたら目で追っていた
七海さんも恵くんも性格が悪いと評すその人は僕にはそうは見えなかった
困った時はいつでも頼りになるし、いつも優しく話も聞いてくれた


「兄ちゃん?」
悠仁の声で意識を戻す
最近やけに先生のことを考えてしまう

「ん?」
「いや何かぼーとしてたから」

それよりここ教えて、と悠仁がノートを指さした
それに答えながら少し恥ずかしく思う
頭の中がバレるなんてそんなことは無いとは思うけれど、少し居た堪れない

付き合いたいとかそんな贅沢は望まないけれど、叶うならばこの想いが決して伝わらないで欲しい
だって僕にとってこれは初めての恋だった
初恋は叶わない、そう相場が決まってる
でも臆病な僕には初恋相手が先生で良かったと思う
期待することなく、ひっそりとその恋を終わらせられるのだから

先生が笑う度に隠した想いが顔を出す
それを埋めて埋めて、心の奥底に閉まってしっかり鍵をかける
だけど先生の笑顔には敵わない
先生が僕を見て、名前を呼んで、そして笑いかける
たったそれだけで心の錠が外れてしまう

だから僕はバレないように今日も心を押し殺す



今日も巴は僕を見る
巴の気持ちには気付いていた
あんな態度、全身で僕のことを大好きと叫んでいるようなものだし
でもそれを必死で隠そうとしているところも可愛いと思う

巴の気持ちに応えるつもりはない
教師と生徒だし、巴のことは好きだけれどその好意に特別な意味は無かった
ただ可愛い生徒のうちの一人
だから僕は巴の好意に見ない振りをする

そのつもりだったのだけど


「ねえ!巴、ちょっと悠仁とベタベタし過ぎじゃない?」
思わず注意したけど別に嫉妬とかではない
教師として兄弟があんまり近い距離にいるから止めただけだ
万が一があったらいけないからね

「巴!!何で傑に膝枕してんの!?」
帰ってきたら巴の膝に傑が寝転んでいた
傑の足を引っ張って退かす
だって駄目でしょ、教師が生徒にそんなことしたら
大体巴も甘すぎる
僕のことが好きならそんなことしないでほしい
別に僕は巴が好きな訳では無いけれど

「あ゛ーーっ!!巴!今伊地知にあーんってやったでしょ!!!」
伊地知はそんな経験ないんだから、誑かすような真似はやめてほしい
伊地知だからまだ良かったけど、そんなに愛想振りまいてストーカーでもされたらどうするんだろう
いや僕が守るけどさ
もういい加減にしてほしい


「と思うんだけど、どう思う?」
「悟、何言ってるかさっぱりわからないよ」

傑が呆れたような目で僕を見てくるが、お前も容疑者の1人だということを忘れないで欲しい

「虎杖兄と付き合おうとか、そんな気は無い訳?」
硝子の言葉にギョッとする
「無い無い無い無い無い、絶対無い!僕教師だし」
「の割には顔赤いよ」

傑を蹴りつつ、否定する
巴と僕が付き合うなんて絶対ありえない
確かに僕の生徒の中では人一倍僕を慕ってくれているけれど
任務帰りにはいつも「お疲れ様です」とか「お怪我されてませんか」なんて優しく心配そうに言ってくれるけれど
でもでも、絶対ない


ほわんほわんほわんと僕の脳内に新妻の巴が現れる

「おかえりなさい、悟さん」
そうだ、きっと恥ずかしそうにさん付けで呼んでくれるのだろう
「ご飯にする?お風呂にする?それとも…」
なんていじらしく聞いてくれて
「ご飯すぐ用意しますね」
なんてスリッパをパタパタ鳴らしながら、僕がプレゼントしたエプロンをはためかせて準備してくれるんだ
「どうですか?」
なんておずおずと聞いてきて、僕はそれに美味しいと答えると花が綻ぶように笑うんだろうな
ご飯食べながら休日の予定話し合ったり、それからそれから…


「悟?おーい悟?」
「駄目だね、これは頭がもう手遅れだ」
なんて会話は僕には聞こえていなかった


「どうしよう…僕巴のこと好きかもしれない、というか結婚したい」
「硝子、急患だ!悟の頭の様子がおかしい」
「諦めろ、それは元からだ」

それからの日々は大変だった
巴が僕を見るだけでだらしなくにやける頬を抑えるのが大変だったし、巴に触れる度にそこが熱を持っている気がした
巴を見ながらいつか来る未来に思いを馳せていると、「お熱ですか?」と額に手を押し当てて僕を見る巴は本当に可愛かった
出来ればおでこ同士をこつんと合わせて欲しかったけれど、それはまた追々ね





「あー好きだなー」
吐き出すように言った先生の声に僕は失恋を知った
盗み聞きするつもりはなかった
ただ声をかけようとしたら、そうぼやく声が聞こえたのだ
先生とどうこうなりたかった訳では無いけれど、けれどそれは確かに恋だったのだ
悲しかったけれど気持ちはスッキリしていた
先生の言葉で吹っ切れたのかもしれない
叶うはずのない恋心を持ち続けるよりか、きっぱりさっぱり諦めた方が建設的だ

じくじくと痛む胸には気付かないふりをして、僕はこの恋を諦めた
これも経験のうち、きっと僕はまた一つ大人になったのだ





「兄ちゃん?何か大丈夫?顔色悪いけど」
兄ちゃんが疲れたような窶れた顔をしていた
気になって声をかけると思いもよらぬ返事が返ってきた
「大丈夫、僕ちょっと大人になっただけだから」

ひょえっ!と驚きすぎて変な声が出た
大人になるって、そういうアレだよな?
いやそれより…
「相手は!?」
「?まあ悠仁ならいっか、えっと、その…五条先生」

少し恥ずかしそうに話す兄ちゃんに絶句する
本人が幸せそうならいいんだけど、悲しそうだから心配だった
とりあえず伏黒に相談するか
五条先生との付き合いは伏黒の方が長いからな
伏黒にスマホでメッセージを送る

【伏黒!五条先生と兄ちゃんって付き合ってんの?】
直ぐに既読が付いた
【知らねえけど、道理で最近五条先生の機嫌がいいのか】
驚いたというスタンプと共に送られてきた一文に俺も驚く

【え、まだ付き合ってないから!】
五条先生からの返事にやばっと焦る
どうやらグループで送っちゃったようだ
でも兄ちゃんはスマホを持ち歩かないから、今は多分セーフなはず

けれどそれよりも
【じゃあ付き合ってないのにそういう行為したの!?】
非難を込めて五条先生にメッセージを飛ばした
【最低、有り得ない】
とは釘崎からの言葉である

【誓ってしてないからね!僕も流石にまだ手は出せないっていうか】
【まだってなんスか】
【だって兄ちゃんが五条先生と大人になったって】

【巴可哀想!アンタ最低だわ】
【誤解だから!何それ本当に僕知らないんだけど】

【マジっぽくないか?】
伏黒の言葉に俺も同意する
五条先生もそんな人ではないと思うし、流石に生徒である兄ちゃんには手を出さない、はず

「兄ちゃん、大人になったって?その…あの」
羞恥心もあり言い淀んでしまうが、伝わったみたいだ
「僕五条先生に失恋したの、叶うはずないのにね」
自虐的に笑う兄ちゃんになんと言えばいいのか、言葉に詰まる

だけど、その前に
【五条先生誤解でした、すいまっせん!!!】
土下座のスタンプと共にメッセージを投下する

「失恋って、告ったん?」
「先生好きな人がいるって言ってた」
珍しくしゅんと項垂れる兄ちゃんにワタワタと焦ってしまう
「兄ちゃんとりあえずちょっと待って!」

【悠仁ー!誤解ってどういうこと?】
【ちょっと説明しなさいよ】
【巴さんに何かあったのか?】

【兄ちゃんが五条先生に失恋したって】

【へぇふぅん、巴僕のこと好きなんだ】
にやにやと笑う五条先生が簡単に想像できた
【巴今どこ?会いたい】
【俺の部屋!】

【馬鹿!虎杖言うなっ!】
【巴が可哀想でしょ!】

コンコンとドアをノックする音が聞こえた
「はあい」と返事をしてドアを開ける
「とーもーえくんっ、あーそーぼーっ!」
上機嫌な五条先生が入ってきた
「え、何で、悠仁呼んだの?先生に言ったの!?」
ぽかぽかと俺を殴る兄ちゃんの手を五条先生がギュッと掴んだ

「僕も巴のこと好きだよ、結婚したいくらいに」
「嘘だ、だってさっき好きだなーって」
「ああ、あれね。巴のことだよ」

「ね、僕と付き合ってくれる?」
「僕でいいんですか?」
「巴がいいんだけど」
何て話す二人に黙って部屋を出ていく

おめでとうくらいは言うべきなんだけど、兄離れが出来てない俺には少し時間が欲しかった
兄ちゃんが俺の兄ちゃんじゃなくて、五条先生のものになるのは少し悔しい気がする
でも五条先生なら任せてもいいと思う

もう少しだけ兄ちゃんの弟でいる時間をくれれば、素直に祝えるから

【兄ちゃんと五条先生付き合うって】
【うわ、リア充爆発しろ】
【巴さん泣かしたら許しませんから】

五条先生は返事の代わりに少し目の赤くなった兄ちゃんとのツーショットを送ってきた
兄ちゃんの笑顔は俺が見たどの時よりも幸せそうだった