今日は待ちに待った京都姉妹校交流会だ。
先日から僕も先輩たちとの組手に参加出来るようになり、真希ちゃんにポイポイと投げられている。
真希ちゃんも兄様と似た天与呪縛らしく、呪霊を見えない分とても強いのだ。
初めは真希さんと呼んでいたが、一応親戚のようなものであり、そもそも同い歳でもあるため「気持ち悪い」と一蹴され真希ちゃんと呼ばせて貰っている。
そして真希ちゃんと呼ぶ内に、パンダくんも棘くんもそう呼んでいいと言ってくれたため遠慮なくそう呼んでいる。
閑話休題
僕はその場にいなかったので知らなかったが、京都校の人が野薔薇ちゃんと恵くんに乱暴したと聞いた。だから今日二人の分まで僕がやり返すと決めたのだ。
野薔薇ちゃんが大荷物を持って現れた時はびっくりしたが、ぜひいつか皆で京都に行けたらいいなと思うけどね。
京都校の人が到着し、場が少しピリついた。
しかしそれも向こうの先生のおかげで少し和らいだ。五条先生って共通認識で“馬鹿”なんだ。
そんなことを考えていると五条先生がやけにハイテンションで現れ、その後ろには男の子を連れている。けれど真っ先に目を引くのは大きい箱だ。
先生はお土産と言って独特な人形を京都校の人達に配り始める。あまりにもあんまりな形状の人形をついじぃーと眺めていると「ごめんね、巴のはないんだ」と言われてしまった。特に欲しいわけではないです。あと歌姫先生?にも優しくしてあげてください。
「東京都の皆にはコチラ!!」
そう言って五条先生が箱を見せるように手を広げると中から飛び出してきた。
悠仁が。
死んだはずの悠仁が目の前にいる。嘘。なんで。
悠仁の姿を認識した瞬間に視界がぼやけて、ヒクヒクとしゃくりあげてしまう。
野薔薇ちゃんに背中を叩かれ、駆け寄って悠仁に抱き着いた。
腕の中の温もりは生きてることを表していて、余計に涙が止まらなくなった。
「本物?ほんとに本物?」
縋り着いてそう尋ねると悠仁はニカッと笑って「おう!」と頭を撫でてくれた。
悠仁がお葬式の額縁を持ちながら、ミーティングが行われた。止めようとも思ったけど、僕だって怒っているのだ。
先生が連れてきた男の子は吉野順平くんと言うらしい。最近術式が使えるようになったらしく、さすがにいきなり対人戦は無理だろうとの判断で見学だそうだ。僕と同い年で同じ学年に編入するという。仲間ができたようでかなり嬉しい。
僕は傑先生との約束で認識を歪曲することができない。京都の楽巌寺学長に利用されるかもしれないからと聞いた。でも物理的に捻じ曲げるのは一向に構わないらしい。それはそれでどうなのだろうか。
でも手加減する余裕はないと真希ちゃんにも言われたし、やるからには全力でやるしかない。
恵くんと野薔薇ちゃんの仇を打つぞと意気込んでいたら、どうやら僕は棘くんと一緒に呪霊狩り要員だったらしい。少しだけ残念だ。
五条先生と歌姫先生の仲良さげな掛け合いから団体戦がスタートした。
動きの確認をしていると、茂みの中から東堂さんが現れた。皆の話しぶりからとても強いことが伺える。真希ちゃんの合図で悠仁にその場を任せて、それぞれの役割に別れその場を離れる。
大丈夫だろうか。
悠仁なら大丈夫だと思う気持ちと、心配する気持ちが行ったり来たりで落ち着かない。
別れた先でパンダくんが首を傾げた。
曰く京都校がまとまって行動しているという。
その考えられる理由は悠仁の殺害。
有り得ないと吠える野薔薇ちゃんだが、パンダくんが楽巌寺学長の指示なら有り得ると話した。
変わってない、僕が死ぬ前と何一つ変わってない。
呪力のない兄様を迫害したあの家と何も変わらない。排他的で醜く腐り果てた思考は死ななければ治らないのかもしれない。
「悠仁だけはもう誰にも害させない」
ぐにゃりと視界が歪んでいく。
「止 め ろ」
棘くんの呪言が脳裏に響いた。
ハッと周りを見ると顔色の悪い野薔薇ちゃんと棘くんがいて、パンダくんも心做しかぐったりしているようだった。
「ちょっと!巴!何今の」
野薔薇ちゃんにバシバシと叩かれながらそう聞かれるも、何の事だかわからない。
「地面がすごいぐにゃぐにゃになってたぞ」
パンダくんにもそう言われ、棘くんも必死に頷いている。
「ごめんなさい」
まさか空間の歪曲?そんなことを無意識に行ってしまうなんて。脳が揺れどこか視界がふらふらする。
また先生たちに制御出来てないと言われてしまう。喉に負担がかかる呪言を使わせてしまったことも、皆に迷惑をかけたことにも申し訳なくなる。
「ちょっと大丈夫?」
野薔薇ちゃんの言葉に大丈夫だと返事をし、軽くしゃがむ。脳への負担が中々大きいようだ。
「俺と野薔薇は戻って悠仁の安否を確認する」
「待って僕も行く」
棘くんも両手で罰印を作り、反対する。
けれど「呪霊を先に倒せば団体戦自体終了する」というパンダくんの正論を受け任せることにしたようだ。
「僕もだめ?」
「駄目、お前も棘と一緒に呪霊狩りな」
すげなく断られてしまう。
「悠仁が心配なのもわかるけど、お前の術式使われると俺たちまで動けなくなるしな。それにさっきのあれ副作用やばそうだからあんま使わない方がいいだろ」
確かに暴走させない自信もなく、二人に悠仁の事を託した。僕に何かあって迷惑をかけるのも嫌だ。
「ねえ棘くん。悠仁大丈夫だよね?」
「しゃけしゃけ!」
僕を安心させるように棘くんが頷いた。僕も皆を信じるしかない。
低級の呪霊を祓いつつ散策する。棘くんはスマホ越しに呪言を使っていて、汎用性が高くて羨ましく思う。
「ッ!棘くん!」
強力な呪霊の気配を感じ、気を張り詰める。
棘くんも気付いたようで驚いた顔をしていた。
姿を見せたのは到底ここにいてはいけないレベルの呪霊だった。2級なんてものではない。恐らく1級、いやそれ以上だろう。
どうする、これは倒せない。僕と棘くんで抑えられるか?
「止 ま れ」
棘くんの呪言も長くは持たない。
どうする、考えろ。僕にできる最善を。
触れられれば捩じ切れるか。
「ッおかか!」
呪霊に近付こうとした僕を棘くんが止める。
「触ることが出来たらきっと曲げられる」
そう伝えても棘くんは首を縦に振らない。
「ツナマヨ、しゃけしゃけ!」
確かに棘くんの言う通り皆と合流した方が確実だ。
「わかった。とりあえず誰か共闘できそうな人を探そう」
「逃 げ ろ」
呪霊の行先に恵くんと京都校の人がいた。
棘くんが呪言で二人を逃がす。
恵くんと加茂さん(と恵くんが呼んでいるのを聞いた)の二人も合流し呪霊と距離をとる。
三人の話を聞きながら兄と傑先生に連絡を取る。五条先生には恵くんが連絡しようとするが、呪霊によってそれも叶わない。
棘くんの呪言で動きを止める。その隙に呪霊に触れる。
曲がらない…?なんで。
「巴さん、下がれ!」
恵くんの言葉に一旦退く。
──巴の術式はさ、認識を歪ませることも出来るんじゃなくて、認識を歪ませることが出来るんだよ。
──どう違うんですか?
──物理的に曲げられるのは後天的な効果。本来は認識の歪曲ね。
──なるほど?
──分かっていない顔だね。簡単に言うと、巴が勝てないって思ったら蠅頭すら倒せないよ。
かつて五条先生に言われたことを思い出す。
僕があの呪霊を倒せないと思ったから。だから、だから曲げられないのか。
でも倒せる可能性って。どうするのがいいのか。
しかし皆の攻撃が効いている様子はない。
それなら僕が勝てる訳がない。
「ッ棘くん!」
棘くんの喉が潰れ、敵が動き始めた。そして恵くんの鵺がやられる。加茂さんも!
しかし棘くんはまた呪言を使い呪霊を飛ばした。そして現れた真希ちゃんが攻撃する。
恵くんに棘くんと加茂さんを任され、その場から退避した。申し訳なく思いながら二人を引きずり、危なくないところへ避難させる。
呪霊の元へ戻ると、恵くんと真希ちゃんから枝のようなものが伸びていた。
二人とも苦しそうで、自分が情けなくて怒りに視界が赤く染まった。
僕が此奴を倒さなければ。
「な、何だこれ」
ぐにゃりと揺れた地面に真希ちゃんの戸惑う声が聞こえたが、少しだけ我慢して欲しい。
この呪霊を確実に祓う。真希ちゃんと恵くんには近付けさせない。
空間ごと此奴を曲げる。
「(これは…!?)」
脳に直接呪霊の驚く声が響いた。
「僕はもう迷わない。皆を誰にも傷つけさせない」
倒せる、倒さなければならない。呪霊の片腕を捩じ切る。回復させる前に次の箇所を。確か頭の木は弱いと言っていた。ならば。
───ぐにゃり、ぐにゃり。
「ッ」
呪霊に蹴り飛ばされる。あの状態で反撃出来るとは。皆と違って体術は得意ではないのだ。上手く受身を取れず背後の木に体を強打する。術式も相まって視界が定まらない。
すかさず恵くんと真希ちゃんが臨戦態勢を取るが、大丈夫だろう。
ついに来たのだ。
悠仁が。東堂さんが。
「兄ちゃん!」
悠仁が駆け寄ってくる姿を最後に僕の記憶はここで途切れた。
「オマエ、強くなったんだな」
近くで恵くんの声が聞こえた。どうやら悠仁と話しているようだ。野薔薇ちゃんもいる。
僕も強くならないと。悠仁に負けないように。僕が悠仁を守れるくらいに。
悠仁だけじゃない。守りたいものが沢山増えた。
なのに僕は相変わらず弱くて昔と何一つ変わらない。大好きな兄を虐める人達から隠れていたあの頃と何も変わっていない。
…体術、兄様に教えて貰おう。
「それでこそ虎杖の友達だな」
ギシとベッドが軋む音がして、僕の寝ていた場所が軽く揺れる。
「ふわっ!」
驚き過ぎて変な声が漏れたけれど、どう考えても東堂さんが悪い。つい振り向きガン見してしまった僕は悪くない。それにしてもいつからここにいたんだろう。
悠仁がダッシュで逃げた。何だろう、楽しそうで何よりだ。
「目、覚めたんだな」
恵くんが何も見なかったかのように話しかけてくれた。
「恵くんごめんね。僕がもっとちゃんとしてなきゃいけなかったのに」
真希ちゃんにも棘くんにも加茂さんにも謝らなければ。僕に覚悟が足りなかったから。
「いや巴さんが気にすることじゃない。それよりあの能力…」
「巴また使ったの!?」
恵くんの言葉に野薔薇ちゃんも悟ったのだろう。グラグラと肩を揺らしてくる。
「アンタあれ使わない方が良いって言われてたでしょうが!」
「やめろ釘崎!病人だ」
野薔薇ちゃんに手を離され、ぐるぐる回る目を休めるようにそっと閉じた。
「釘崎、巴さんの能力知ってるのか?」
「空間が曲がるやつでしょ?」
「ああ」
二人に僕の術式の説明をしたが、「何そのチートみたいな能力」とは野薔薇の言葉だ。
何だかんだあって僕達は今野球をしています。
いや僕は補欠だけど。
元々東京校の方が人数が多いため、ルールを知らないと言ったら補欠になりました。ずるい。
「順平くん、だったよね?」
「うん、巴くんは悠仁のお兄ちゃんなんだよね」
「そう!悠仁と仲良くしてくれてありがとう」
「お礼を言われることなんて…。僕が彼に助けられたんだ」
順平くんと仲良くお話をしていると、順平くんも色々あったらしい。けれど悠仁と兄によって助けられたんだそうだ。悠仁が生きてたこと兄様も知っていたってことだ。少しだけ悲しいような腹立つようなモヤモヤした気持ちがあるが、仕方ない。
「兄ちゃーん!順平ー!見てろよー!俺打つから!」
悠仁の大声に手を振って応える。
「打った!」
よく分からないけれど、悠仁の打った球がぽーんと飛んで点が入ったらしい。
順平くんと喜びを分かち合う。
見事姉妹校交流会は東京校の勝利で幕を閉じた。
「兄様、僕に体術を教えてください」
がばりと頭を下げる。
「駄目だ」
なのに兄は頑として受け入れてくれない。
「どうしてですか!」
「お前が強くなって一人で任務に行くことになると困るからな」
兄様の過保護癖は変わらない。昔から僕を危険から遠ざけようとする。だけど僕はもうあの頃の何も出来なかった弱虫ではないのだ。
「僕が弱いせいで誰も守れないのは嫌です!」
「俺もお前が死ぬのはもう嫌だ」
そう言われると強く出られないのを兄は知っているのだ。
「でも」
「でもじゃねえ。この話は終わりだ、いいな?」
兄様は乱雑に僕の頭を撫でると、何も聞きたくないとでもいうように足早に部屋を出ていった。
「兄様のケチ」
「おい誰がケチだ」
兄様の天与呪縛を忘れていた。
ちなみに体術は真希ちゃんが教えてくれることになった。
✼✼✼✼✼
「巴の術式なんだけど、あれ可笑しくないかい?」
団体戦の動画を見ながら疑問に思ったことを悟に尋ねる。
「確かにただの術式にしては出来すぎてるね」
「悟にはどう見えてる?」
「歪曲としか」
二人で頭を抱える。空間を歪めたとき副作用があるように見えた。確か巴は頭を抑えて蹲っていた。
「巴の副作用が頭痛ということは脳への疲労?」
「まさか!」
悟が閃いたのか急に立ち上がった。
「眼だよ!巴の眼と合わさってあの術式は本来の能力を発揮できるんだ」
「だとしたら、巴の眼の能力は?」
「うーん」と考え込む悟。
物事には順序がある。巴の術式の発動条件は
@対象を認識
Aそれを書き換える(=歪曲する)
B反映
巴には反映後の認識を@の認識の段階で持ち合わせていなければならない。あの特級呪霊を歪曲出来なかったのは、それに躓いたからだろう。
「空間そのものを捻じ曲げるのであれば俯瞰して見る必要があるよね?」
「それだ!」
私の言葉に悟はポンと手を打った。
「まさか千里眼だとでも?」
「可能性は高いよ」
そう言うが、なら巴がそれに気がついていても可笑しくない。
「いや術式を使う時のみ発動するとかじゃない?」
「それだといざという時使えなくない?」
「日常でフルに発動してると脳が負荷がかかり過ぎちゃうんだよね」
六眼を持つ悟の言葉に間違いは無いのだろう。
「まあ聞いてみるか」
「巴に?」
「いや宿儺に」
「ほう、巴の眼に気付いたか」
「やっぱり千里眼なんだ」
悠仁の手からニュッと出て来た宿儺に尋ねると想像通りの答えが返ってきた。
「え、千里眼って!?」
「うーん悠仁は黙ってようねー」
悟に言われ「うす」と返事をした悠仁だったが、視線はキョロキョロと不安げに私と悟を追っていた。
「彼奴の眼は見ようと思えば何でも見通せる。過去だろうと未来だろうと、現在だろうとな」
まるで我が子を自慢するかのような調子で宿儺は話し始めた。
「巴が今無意識に使っているのは現在視だろう」
広義の千里眼だと過去視や未来視も含むが、狭義の千里眼は現在の事象を全て見通す眼を指す。恐らく宿儺の言う現在視とは狭義の千里眼のことだろう。
「僕の力を使っても千里眼に対しての書物が全く見当たらないんだけど」
「巴の眼が後世で利用されたら困るからな、全て燃やし尽くしたわ」
確かに禪院にいたときであれば巴は良いように利用されただろう。特に巴には兄という人質がよく効く。今も尚、自由にいられるのは宿儺のお陰に他ならない。
「宿儺から見て巴の千里眼は、これから開花すると思う?」
悟が尋ねる。こと巴に関して宿儺は信用出来ると判断しているらしい。
「するだろうな。だが反転術式も使えぬのであれば止めさせろ。目が潰えるぞ」
「ならあまり使わせない方がいいね」
「でも巴も無意識に使ってるから、使うなと言ってどうにかなるとは思えないんだよね」
結局宿儺から聞けたことといえば、巴の眼が千里眼であることだけだ。あとかなり負担が大きいこと。
「空間そのものがそこにある」という認識を書き換えられるというのは術式としてかなり強力だ。
反転術式を会得してもらって、使いこなせるようになったら特級になることすら可能だろう。
ただ彼のモンペがなんと言うか。
それだけが心配である。
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