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──近衛衣緒という男はあほである

少なくとも夏油から見た男の評価はそれにつきた
衣緒は夏油たちの一つ下の後輩である

夏油が衣緒に初めて会った時、ずっとニコニコしている様子から胡散臭いやつだと感じていた
だが衣緒は五条に向かって

「その白髪って地毛っすか!将来白髪隠せてめっちゃいいっすね」

と言い放った
五条は褒められているのか舐められているのかわからず、きっかり40秒悩んだ結果、褒められていると解釈した

「だろ?」

五条の得意気な様子に家入が俯いて肩を震わせているのがわかった
夏油は耐えきれずに吹き出して噎せた


夏油は衣緒の評価を胡散臭いやつからあほの子へと改めた


衣緒は良くも悪くも自由奔放だった
灰原と一緒に2年の教室に来たかと思えば

「失礼します」

そう言って夏油の髪を解き、勝手に編み始めた

「ほら、雄!これが三つ編み、こっちが編み込み、わかった?」
「おぉ!すごい」

それを見て五条は爆笑しながら写真を撮り、家入は興味深そうに眺めていた


「げと先輩、ありがとうございました」
そして衣緒はニコニコとお礼を言って灰原と出ていった

夏油の髪は編んだままお団子に戻されていた


だが、衣緒がいて良かったこともある
夏油と五条は普段親友であると謳っているが、喧嘩をすることもザラにある
その日は任務帰りの昼休憩に入った飲食店で「次に来店する女性の胸囲はBカップ以上か以下か」という賭けをしていた
来店したのは性別不明のふくよかな体型の人だった
五条は「Bカップ以上だから俺の勝ち」だと言うが、「性別が分からない以上、次に来店したスレンダーな女性が賭けの対象だ」と夏油も譲らなかった
言い争いは喧嘩となり、高専に戻ってからも続いた
教室を半壊させ、2人並んで反省文を書かされながらも口を開けば罵詈雑言の嵐

たまたまそれを目撃した七海が衣緒を呼んだ
“バカ”には“あほ”をぶつけよう、と
衣緒はその賭けの内容を聞いて、2人にこう提案した
「じゃあその相手と付き合えるなら女性、無理なら男性ってのはどっすか?」

──ちなみにそれを聞いた家入はこいつもクズだなと思ったとか思ってないとか

衣緒の提案を飲み五条は負けを認め、夏油はガッツポーズをした

これで平和的解決である


閑話休題


夏油と五条は2人で最強と言えども、そうポンポン抱き合わせで任務に行かせることは多くない
ある日夏油は後輩育成も兼ねて、衣緒と任務に行くことになった

「げと先輩げと先輩、見て見て!めっちゃ大っきい虫いますよ!」
「げと先輩、これやばくないっすか!!きっと毒きのこっすよ!」
「げと先輩げと先輩!!!」

──うるさい
夏油はにこやかに後輩を見ながらも内心そう思っていた
確かに衣緒は可愛い後輩だが、3歳児のようにキョロキョロしながらチョロチョロ走り回っている
そして夏油の名前はげとではなくげとうである
訂正するのもうるさくなりそうなので、ずっと放っておいているが

呪霊が現れたときも衣緒は「めっちゃきもっ、やば〜!」とはしゃいでいた
なおこの呪霊は衣緒が弱体化させ、夏油が取り込んだ

呪霊を取り込む時の味が夏油は嫌いだった
吐瀉物を処理した雑巾の様な、この味が大嫌いだった
そんな思いがふと顔に出てしまったのだろう
衣緒が首を傾げ、尋ねた

「げと先輩、やっぱそれ美味しくないんすか?」

美味しい訳が無い、夏油はそう答えようとした

──ペロリ

夏油が口を開いた瞬間、衣緒に口内を舐められた

「うげ、まじで不味いっすね」

この後輩は味を確かめるためだけに人の口内を舐めたのか
呆れるやら驚きやらが混ざって、結局夏油は「そうだね」としか言えなかった

にへらっと笑う後輩に毒気を抜かれたというのも事実だった


それからというもの衣緒は、夏油の任務が終わる度に呪霊の味を確かめるようになった


天内理子護衛の任務を経て、相棒は1人で最強になった
置いていかれた、と思った

夏油は次第に、「今日も不味いっすね」と笑う衣緒に安心感を覚えるようになった
家入から冷たい目で見られようと、五条から引かれようと後輩とのこのやり取りが夏油にとって掛け替えのないものとなっていった

衣緒だけはこの苦しみを知ってくれている
そう思ったのかもしれない


「げと先輩が不味い思いしなくていいように、俺めっちゃ強くなるから、そしたらげと先輩ちょっとお休みしてていいっすよ」

唐突に後輩にそう言われた

「へへっ、げと先輩お疲れみたいっすね」
そう言って衣緒は夏油をぎゅっと抱きしめた

夏油は自分でも知らないうちに涙を零していたのだ
夏油は色々と限界だった


どうして呪術師は呪霊を生まないのに、割を食って傷つかなければいけないのか
どうして非呪術師のために苦しい思いをして、呪霊を取り込まなくてはいけないのか

──どうして親友は1人で最強になってしまったのか


衣緒は夏油の心の内を知らない
だから「あんな不味いの食ってたら嫌になるよなあ」くらいの気持ちであった

後輩の肩をびしょびしょに濡らした夏油は、ずっと気になっていたことを後輩に聞いた

「どうして態々不味い呪霊の味を毎回確かめるんだい?」

夏油はずっと疑問に思っていた
しかし聞いてしまえば、後輩がそれをやめてしまうと思い聞けなかった

「人って好きなことより嫌いなことを話した方が仲良くなれるらしいっすよ」
「ん?」
「げと先輩が嫌いなもん知ったら、もっと仲良くなれっかなって」

へへっと照れくさそうに笑う後輩に、夏油は言葉に言い表せない程の思いを抱いた

──どうしてこいつはこんなにも!





夏油傑は非呪術師が嫌いだ
呪術師の敵だとすら思っている

呪霊は不味いし、任務は命懸けだし

それでも不味いと言いながら笑う後輩がいるから、頑張れる
猿共を殺したらきっとあの笑顔が見られなくなるから

夏油傑にとって近衛衣緒はあほの子だと思っている
だがそれ以上に夏油の理解者で、大切な可愛い後輩で、想い慕う人である



近衛衣緒の日記(抜粋)

○○年○○月○○日(月)
今日は、ごじょ先パイと任務だった
ごじょ先パイがどかって全部呪れいを倒しちゃったから、俺は何もすることが無かった
帰りにめっちゃ大っきいパフェをおごってくれた

○○年○○月○○日(火)
ゆうと健人とお昼を食べていると、隣にげと先パイが座った
俺の好きなオムライスを食べていたので一口もらった
美味しかった
代わりに俺のナポリタンを一口あげた

○○年○○月○○日(水)
今日はゆうも健人も任務でいなかった
外ではげと先パイとごじょ先パイがケンカしていた
げと先パイに手を振ったら、気付いて振り返してくれた
楽しかった

○○年○○月○○日(木)
今日は東北の任務に行かされた
げと先パイに「衣緒は雪をかき氷って言いながら食べそうだね」って言われたけど、さすがに食べない
去年それでお腹こわしたし

○○年○○月○○日(金)
てるてるぼうずを作っていたら、ごじょ先パイに「何それきもっ」って言われた
ごじょ先パイは、てるてるぼうずを知らないのかもしれない
けど、げと先パイにも「私の知ってるてるてるぼうずとは違うかな」って言われてしまった
てるてるぼうずって頭が4つあるよね?

○○年○○月○○日(土)
雨が降ってる
せっかくてるてるぼうず作ったのに
でもげと先パイがかっぱを買ってくれた
「衣緒はかさよりかっぱのほうが似合うよ」って
げと先パイはやっぱやさしい

○○年○○月○○日(日)
お昼すぎまでねていたらげと先パイに起こされた
それからげと先パイとデートに行った
「デートに行こう」って言われたから、てっきりデートってお店なのかと思ったらちがった
地名だったのかな
美味しいものいっぱい食べた、楽しかった