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衣緒が欠伸をしている
七海はそれを少し珍しく思った

元来、衣緒は早寝早起きで寝不足とは縁遠い
10時に寝て6時半に起きていると聞いた時は耳を疑った
こんな男子高校生など、そういないだろう
昨日五条と喧嘩したと聞いたが、それが尾を引いているのだろうか

こんなにも眠そうな衣緒は初めて見た
今日は先輩と訓練をすることになっているが、この調子では少し心配である


グラウンドに出ると、不意に衣緒に呼ばれた
「健人、ちょっとこっち来て」
急なことに疑問に思いながらも衣緒に近寄る
「ごじょ先輩たち来るのここで待ってようよ」
「いいですが、隠れる必要あります?」
「いいからいいから」
生憎灰原は任務でいない為、衣緒と五条たちを待つ

「あ、来た」
五条、夏油、家入が校舎から出るのが見えた
夏油と家入がふと立ち止まる
そしてそれに気が付かない五条は、そのまま進んで

消えた




「ふっ、ふふふ、あはははは」
堪えきれないといった笑い声が隣から聞こえた
七海は状況が把握しきれず混乱している
「ねえ!見た?ごじょ先輩落ちた!めっちゃ綺麗に落ちたね!やばくね?」

そう、五条の足場がふっと崩れて消えたのだ
そしてそのまま五条は落とし穴に落ちていった

「あの2人は知っていたんですか?」
「うん、言った」
それを証明するかのように、夏油も家入も五条が落ちる前からカメラを構えていた
だが2人とも肩を震わせて笑っているので、撮った動画はブレブレだろう

「げと先輩!俺ついにやりました!」
「まさかほんとにやるとは」
衣緒が夏油に駆け寄りながらそう叫んだ
七海も落とし穴の方をなるべく見ないようにしながら、後を追う

「にしても、凄い完成度だな」
家入が感心したようにそう零した
「はい!徹夜で掘ったんで!」

「お前はロン○ンハーツのスタッフかっ!」
落とし穴から這い出てきた五条が突っ込む
「俺のアイスの恨みを果たすためっす!」



そう、昨晩五条が衣緒のアイスを食べ、それが原因で2人は喧嘩したのだ
衣緒が楽しみにしていたハーゲン○ッツ
それを食べることだけを楽しみに任務を頑張ったのだ

「ご、ごじょ先輩、それ…」
「ん?ああこれ衣緒の?」
「なんで食べるんですかぁ!!!」

「ごじょ先輩のばか!あほ!白髪!イケメン!ばか!」
と叫んで自室に籠ってしまった

「馬鹿って2回も言われてるよ」
「でもイケメンって言われたからノーカンだろ?」
なおクズ二人はそんな衣緒の様子を笑っていたが


一方その頃
衣緒は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の先輩を除かなければならぬと決意した。衣緒には御三家がわからぬ。衣緒は、そこそこの家の三男坊である。両親に甘やかされ、兄二人に可愛がられ暮して来た。けれども甘いものに対しては、人一倍に敏感であった。

そしてそれが衣緒を今回の暴挙へと走らせたのだ



場面は現在へと戻り

「ねえ衣緒のためにピエール・○コリーニのアイス買ってやったんだけど」
「え」
「でもなー、落とされたしなー、あげたくないなー」
ニヨニヨと嫌な笑みを浮かべた五条が衣緒に言う

「ごめんなさいっ!!」
腰を直角に曲げ、五条に謝罪する
衣緒は自分の欲に正直だった

「あ、じゃあいつも傑にやってるやつ俺にやれよ」
「なんすか、それ」
「傑にするみたいにキスしてよ、俺に」

うわぁという七海と家入の心の声が表情に現れていた

「やったらちゃんとくださいね!」
「駄目」
そこに夏油の制止が入る
「おい傑邪魔すんな」
「衣緒、私がハー○ンダッツでもピエール・マル○リーニでも買ってあげるから」
「ほんとっすか!!やったあ!じゃあプリ○スホテルのビュッフェも行きたいです!」
「それも連れて行ってあげるから、悟に近付いちゃ駄目だよ」
「わぁーいやった!」

夏油は可愛い後輩に近付く虫を追い払い、さらにデートの約束まで取り付けられ満足だった
衣緒も衣緒で五条に言われたことなどすっかり忘れ、既に頭の中にはアイスとケーキのことしかない

「いーおー、俺がもっといいとこ連れてってやるからさぁ」
「衣緒、悟と出掛けたらアイスもケーキも無しだよ」
「うーんそれはやだなあ」

衣緒がうんうん頭を悩ませている中、五条と夏油は足の踏みあいから始まり、やがて術式を使った乱闘を行っていた

「おい傑邪魔すんなよ」
「悟こそ、衣緒に余計なちょっかいかけないでくれるかな」

七海と家入は衣緒を引っ張りつつ避難した

「そういえば衣緒、プ○ンスホテルに併設されている水族館はすごいらしいね」
家入が思い出したかのように話す
「え!水族館もあるんですか!」
「みたいだよ」
「衣緒、貴方水族館に興味あるんですか?」
「うん俺めっちゃ好き!動物園とか遊園地も好き」
さすが精神年齢5歳児、家入と七海はそう思った

「なら今度神奈川の水族館併設のレジャー施設に行きませんか?」
「行く絶対行く!」
「私の分お土産よろしく」
「えぇ、しょーこ先輩も一緒に行きましょうよー」
「代わりに灰原でも誘ってやれ」
「ちぇっ、まあ雄は誘いますけど。ね、健人!3人で出掛けんの初めてじゃない?」
「そうですね、任務以外では」
「楽しみだなあ」

そんなことを話しているうちに夜蛾が現れ、乱癡気騒ぎを起こしているクズ二人の頭に拳骨を落とし、正座をさせていた

「先輩たちまた怒られてる」
「いつものことでしょう」
「だな、見慣れた光景だよ」



なお後日談として、衣緒をプリン○ホテルに誘ったがその日は七海たちと八○島に行くから無理だと断られた夏油の姿があったとか
(後日、しっかり予定を合わせて行きました)

そのまた後日
「美味しいプリンあるから俺の部屋においでよ」
そう宣う五条と喜んで着いていく衣緒を発見した七海は夏油に慌てて連絡した。光の速さで来た夏油と五条が再び大乱闘し、反省文を書かされる、なんてことはもはや日常茶飯事である






夏油は衣緒をあほだと思っている
だが衣緒と同等の喧嘩をする五条も大概あほなのでは無いかと思い始めた

今朝もテレビ番組の星座占いの順位でどちらが上かを競い合っていた

夏油と五条も頻繁に喧嘩をするが、お互いすぐに手が出る
しかし衣緒と五条の喧嘩は概ね口喧嘩である
衣緒のボキャブラリーはそう多くないので、「ばか」「あほ」から始まり「ドジ」「間抜け」が続く時もあれば、先のように目に入った単語「白髪」「イケメン」を口に出すこともある
つまり小学校低学年レベルである
そしてそれに絆された五条が「もう仕方ないなあ」と許すのが常である

だがアイス事変のように、五条が悪い時も多々ある
というより大体五条が悪い

その場合、衣緒は五条のシャンプーとリンスの中身を入れ替えたり、教科書とノートを一枚一枚交互に挟んだり、少し封を開けたシュールストレミングを五条の部屋の真ん中に置いたり(隣室の夏油も被害を受けた)と地味な嫌がらせを行っている

こうなると五条も「さとる、悪くないもん」状態になってしまうが、衣緒はやるだけやってすっきりするので、次の日からは普通に2人で笑いあっている


この2人の喧嘩で1番くだらないと思った内容は、シチューはご飯にかけるかかけないか論争だ
かけない五条にかける衣緒の口論は実にくだらなかった
そして胃に入ってしまえばどちらも変わらない、という結論に落ち着いた
ちなみに夏油は美味しく食べられるのであれば、何でも構わないタイプだ

そこまで考えて、いや考えるまでもなく五条もあほである気がしてきた

自分が衣緒から夏油のようにひたむきに慕ってもらえないからといって、構って欲しさにちょっかいを出すのはやめてほしい
というより衣緒だけでなく、後輩たちから慕われないのは日頃の行いのせいだといい加減気付いてほしい



可愛い後輩を(五条含めた)魔の手から守るため、夏油は今日も後輩を見守っている







(ねえ七海、あそこにいるのって夏油さんだよね?)
(はい?あ、本当にいますね)
(声掛けた方がいいのかな)
(いや、やめておきましょう)

「雄?健人?2人ともどうしたの?」
「あはは、何でもないよ」
「衣緒、このあとイルカがショーをやるそうですよ」
「見たいっ!」