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非呪術師を全て殺したら呪霊は生まれない

そんな考えが夏油の頭から離れなかった
だが、それを誰かに話したりするつもりはなかった

にも関わらずポツリポツリと口に出してしまった

「もし非呪術師が全員いなくなったら呪霊は生まれないのに」

「げと先輩、戦隊モノ見たことないんすか!?」
「急になんだい?」
「もし戦隊モノに悪いやついなかったら尺30分持たないすよ!ヒーロー形無しですね」
「んん?」
「だから呪霊いなかったら俺たち食ってけないっす」

──あ、げと先輩文字通り食ってけないですね
そう笑いながら続けたこの後輩の頭にチョップした夏油は悪くない

「でも就職するなり手はあるだろう?」
「え、げと先輩その性格でお勤めできるんすか?」
「君も中々言うようになったね」

これでも悪意のない衣緒と話していると、夏油の悩みがちっぽけなものに思えてくるから不思議だ
隣で「げと先輩よりごじょ先輩の方が性格に難しかないか」などと呟いている後輩の姿に笑みがこぼれた

衣緒には励まそうというつもりが無いのである
夏油が悩んでいるという事実にすら気づいていないのかもしれない
本当にこの後輩はあほで、鈍感で、愛おしい


「げと先輩、呪術師が呪術師を産むとは限らないっすよ。勿論その逆も然りで」
「それもそうだね」

「それにげと先輩は非呪術師嫌いかもしんないすけど、俺は好きです」
──呪術師である俺の家族よりよっぽど好きです

底無しに明るい衣緒が一瞬暗い表情を見せた
それも瞬きの合間に消えてしまったが

「でもま、呪力があろうが無かろうがクズはクズですよ。ごじょ先輩とか最強の癖にめっちゃクズじゃないっすか!」
あけすけな後輩の発言に納得してしまう
そんな後輩は不幸にも、偶々通りかかった五条に頭を叩かれていた


そしてそのまま話は有耶無耶になって流れていった

夏油は先の衣緒の表情がやけに気になっていた
あの後輩があんな表情をするなんて何があったんだろうという心配2割、ただの好奇心8割だが

夏油も大概クズだが、流石に五条と違って一般常識があった
人の弱みにズケズケ土足で入り込んだりせず、機会を伺うということが出来るのだ

虎視眈々と狙って狙って狙って──

そして衣緒が週末、実家に戻ると言う
夏油はこれだと思った
だから衣緒に一緒に行っていいか聞くことにした
断られなかったがあまりいい顔をされなかった
衣緒曰く、「血統主義かつ能力主義の吐き気を催す邪悪が存在する場所」だとか
夏油には関わって欲しくないのだと、衣緒は言った

だからこそ、夏油はそんな場所に身を置いていた衣緒を思うと行かずにはいられなかった


衣緒の家は名家ともいえる家系だった
広い庭に離れが数箇所、母屋には沢山の女中が忙しそうに行き違っていた
女中の中には歳が幾許もいかないような幼子も混じっていた

衣緒はそんな幼子全員に声をかけて回っていた
「わぁ花、雪、こんなに手が冷たいと凍傷を起こしちゃうよ。後で温かいお茶でも入れようか」
「霞、空、海、お前らもほら美味しいお菓子買ってきたから、後で食べような」

彼らは有用な術式を持ちえなかった、或いは呪力そのものが無かった
彼らを見て夏油は以前非呪術師に感じた怒りや悲しみを感じなかった
それどころか彼らの細い身体に浮かぶ青あざに、彼らの処遇を垣間見れ、自分の無力さすら覚えた

衣緒はそれに気付きながら、表立って庇うことの出来ない立場にある
夏油には衣緒のもどかしさや息苦しさが伝わってくるように感じた

「げと先輩?」
黙り込んだ夏油の様子に気付き、衣緒が声をかける
「いや、何でもないよ」

夏油には夏油にしか見えない世界があって、衣緒には衣緒しか見えない世界があった
そして見え方がここまで違うということを夏油は初めて知ったのだった




後日、夏油はとある村の任務にて村人に監禁され暴力を受ける女児二人を保護した
夏油は村人を皆殺しにしようとも考えたが、すぐさま思い直した
この村人たちは紛うことなき屑で、生きる価値のない人間共である
だがそれはたまたま彼らが呪術師ではなかっただけで、呪術師にも同じような虫けらもいるのだ

夏油は衣緒の生家でそれを知った

呪いによって割を食うのは、いつも呪術師たちで
だが呪術師に虐げられる非呪術師もいて
勿論その逆も然りであって

何を憎めばいいのか夏油にはわからない
それでも守りたいものは明確になった

それをこの手で全てを守るために、今日も夏油は美味しくない呪霊を口にして可愛い後輩と不味い不味いと笑い合うのだ












「けど先輩、人の趣味にどうこう言いたかないっすけど、その…」
「ん?なんだい?」
「流石に幼い女の子に様付けで呼ばせる特殊性癖を見せつけてくるのはちょっときついっす」
「とんでもない誤解が生じてるね!?」
「隠さなくてもいいですよ、いやこの場合は隠した方がいいのかな」
「ちょっと待ってお願い衣緒、話を聞いてくれないか」
「いややっぱいいっす!どんなげと先輩も受け入れるんで」
「言ってることは男前なんだけど、とりあえず話を聞こう?」
「でもちょっと今は俺にはその覚悟が足りないんで、時間をください」
「話を聞いて!?」



「悟、最近衣緒が目を見て話してくれないんだけど」
「傑のこと嫌いになったんじゃね?」
「そんな訳ないだろう、衣緒は私のこと大好きだからね」
「うわ自意識過剰、怖っ」
「あ、それ私知ってる」
「本当かい!?」
「食い気味とか傑まじで怖すぎ」
「確か『“トクシュセイヘキ”とか“ロリコン”が脳裏にチラつく』って言ってたけど、何した訳?」
「…ノーコメントで」