「あ、いたいた野薔薇ちゃん!」


改札口からすぐのところでスマホを見ながらとある人待っていると、そう明るい声が聞こえた。
ニコニコと柔和な笑顔を浮かべ私の名前を呼んだのは五つ年の離れた兄だった。
地元の高校を卒業して東京に働きに行った兄とは暫くぶりの再会で自然と私まで笑みが零れる。

「お兄ちゃん遅いわよ!」
会いたかったとか元気にしてた?とか言いたいことは沢山あったはずなのに、口から出たのは生意気な言葉で少しそんな自分に嫌気がさす。けれど兄は嬉しそうに「ごめんね」と言って私の頭を撫でるのだ。
素直じゃない口を噤んで、するりと兄の腕に自分のそれを絡ませる。
「ほら早く行くわよ」
「はいはい」

会えなかった分を補うかのように兄は私にあれこれ貢ごうとする。私だって兄に何かしてあげたいのに、それをやんわりと断って「自分の為に使いな」って。そういうところが狡いのだ。
道行く中でチラッと視界の隅に映った可愛い鞄。兄と寄るにはファンシーすぎる雰囲気で行きたいとは言えなかった。それを察して「寄ってく?」と声をかけてくれる兄はやっぱり狡い。

カフェでパンケーキとカフェラテと兄はアイスコーヒーを頼んでお互いのことを話す。
余談だけどお洒落なカフェなのにさらっとオープンテラス席に案内されていて兄の顔面の破壊力に驚いた。
「寮生活どう?大変?」
「まあまあね。でも尊敬できる先輩がいるの」
真希さんのことや同級生のこと沢山沢山話した。
それを全て優しい笑顔で聞いてくれる。話し終わって少し恥ずかしくなったけれど「野薔薇ちゃんが楽しそうで俺も嬉しいよ」って。何それ。ほんとそういうところよ。


「あれ?あれあれあれ〜?」
今1番聞きたくない声が聞こえた。声の主はずんずんと近付いてきて私と兄の顔を交互に見るとニヤニヤと笑って尋ねた。
「なあに、野薔薇。もしかしなくてもデート?」
「うっざ。デリカシーって言葉知ってる?」
うざい担任に苛立ってそう言えば向かいにいた兄がオロオロと私とその男を見比べた。
「初めまして。僕、野薔薇の担任の五条です」
その言葉に兄は安心したのか蕩けるような笑顔で挨拶を交わした。
「初めまして、いつも妹がお世話になってます。兄の釘崎巴です」
「えぇお兄ちゃんなの!?イケメンじゃん」
ズカズカと私たちの会話に割り込んだかと思うとどこからが椅子を持ってきて間に座り出した。最悪よ本当に。

「五条先生に言われると嬉しいですね」
えへへと照れくさそうに笑う兄にデレっと相好を崩すくそ教師。「今いくつ?LINEやってる?」じゃないわよ。
「お兄ちゃん行くわよ!」
兄の腕を掴んで会計を済ませる(といっても兄が払ってくれたけど)。後ろで「またね〜、巴、野薔薇。」とか聞こえないったら聞こえない。お兄ちゃんも態々手を振り返さなくていいの。

「先生気さくでいい人そうだったね」
嬉しそうに兄が言うが、あんなの見掛け倒しに過ぎない。あのくそ教師が上京初日で私にした所業忘れたとは言わせない。
「怒ってる?」
不機嫌に鼻を鳴らした私に恐る恐る聞く兄。
「…怒ってない」
そう答えると兄は困ったように笑った。そんな顔をさせたいわけではなかったのに。
「ねえ野薔薇ちゃん、俺東京観光したことないんだよね。一緒にどう?」
「…行く」
私に気を遣ってか、そんな提案をしてくれる兄をこれ以上困らせたくなくて担任のことは頭から消去した。


「見て見て野薔薇ちゃん!パンダだよ!パンダ!」
上野動物園でパンダにはしゃぐ兄に、先輩に喋って二足歩行するパンダがいるとは言えなかった。
「可愛いねえ」
「そうね」
兄が楽しそうならそれに越したことはない。

「ハシビロコウだって、動かないね」
スンとスカした顔で固まる鳥は伏黒に似てる気がする。
「同級生に似てるわね」
「ほんと?会ってみたいなあ」
会わせたくはない。
彼奴年上のほんわかしたタイプ好きそうだし、兄に変な虫が着くのは避けたいし、まだ私だけの兄でいて欲しいのだ。

帰り際に「皆で食べて」とパンダのお菓子を渡されたけど、流石にパンダ先輩に申し訳なさすぎる。兄の顔を立てて受け取ったが、1年だけで食べようと思う。


「野薔薇ちゃ〜ん」
寮に戻るとデレデレとした顔の担任に猫なで声で呼ばれた。
「巴とは次いつ会うの?どこで働いてるの?何が好き?あ、いいややっぱ。僕が連絡すればいいんだもんね。もしかして彼女とかいたりするかな?ねえねえ野薔薇聞いてる?あ、僕について何か話してた?」

うっっっっっざ。この馬鹿の隣にいた伏黒の顔が死んでる。ドン引きって通り越すと虚無の表情になるのね。勉強になったわ。
「お兄ちゃん急にグイグイ来られて怖かったって言ってたわよ。ワンチャンとか無いから」
兄との接触を減らすために嘘を吹き込んでおく。兄はそんなこと思ったとしても言わないが、不審者に付き纏われるよりはでしょ。
「ほんと?じゃあこの愛のメッセージは嘘ってこと?」
スマホの画面を見せられ、中のメッセージを読む。どうやら兄からのようで日頃の感謝や今後ともよろしくみたいな内容が書かれていた。

「え、ただの社交辞令じゃない」
この時ばかりは思い込みの激しい担任に恐怖を覚えた。