ある日、五条先生が凄く綺麗な女の人を連れて来た。砂色の長い髪を靡かせアメジストの瞳は濡れたように煌めいていた。
思わず目を奪われポーと見つめてしまう。

「恵?聞いてる?」
五条先生に覗き込まれて、はたと気づく。
「巴に見蕩れてでもした?」
ニヤニヤと笑いながら話す五条先生を無視しながら、そっと彼女を見る。
人の美醜に興味はないが、やけに惹かれてしまう。
顔の造形は勿論のこと雰囲気や笑った顔が暖かくて彼女と仲良さげに話す五条先生が羨ましく感じる。

五条先生が連れて来た歳上の笑顔が柔らかい人。
それが俺の初恋だった。



ガラリというよりバコンッと音を立ててドアが開いた。そこには珍しく怒った様子の狗巻先輩がいて、ずんずんと彼女の元へと歩いていった。
狗巻先輩が乱暴するとは思えないため黙って見てると、彼女の肩を掴んで揺らし始めた。
「高菜こんぶ!おーかーかー!!!」
「聞いてないって…。そもそも言ってないもん」
へへんと胸を張って言う彼女に抗議する狗巻先輩。

「あの、二人はどういう関係ですか?」
二人の様子を楽しそうに見ていた五条先生に尋ねると「巴は棘のお兄ちゃんだよ」とニマと笑って言われた。
「は!?兄って、彼女がですか?」
不躾に彼女をガン見してしまう。彼女はそれに気づいたのかニコリと笑って俺に向かって手を振った。
「棘の兄の巴です。騙してごめんね?」
「しゃけ!!!」
ようやく狗巻先輩が怒っている意味がわかった気がした。

怒る狗巻先輩に手を引かれ教室を後にする巴さん。
「恵くん。またね」と緩く笑って出ていったが、名前を呼ばれたことに胸が痛いほど締め付けられた。

「なあに恵、巴に惚れちゃった?」
きゃーとわざとらしい悲鳴を上げる担任を冷たい目で見ながら、彼女いや彼を思う。
好きなのだろうか。好きなのだろう。性別とか関係なく一目で恋に落ちた。
彼も呪術師なのだろうか。

┈┈┈┈┈

「明太子!!」
弟に腕を引っ張られながら空き部屋に連れ込まれると、何故か椅子に座った弟の上に座らされた。
「内緒で来たこと怒っている?」
「しゃけ、おかかおかか!」
うーん。怒ってるけどそれだけじゃないらしい。
「あ、おれの女装似合わなかった?」
「おかか」
えへへ。似合ってるみたいだ。良かった良かった。
「おかか!おかか!」
でも女装して学校に来たことがお気に召さないらしい。似合ってるって言ったのに。
「ツナマヨ!おかか」
「えぇー」
棘の前以外で女装するのが駄目らしい。
「あ、こら棘」
言っても無駄だと思ったのかカプカプとおれの首を甘噛みする棘。擽ったいからやめて欲しい。
でも残念だなあ。折角五条さんと一緒におめかししたのに。

「ここにいたのか」
ガラリと扉を開けた勝気そうな女の子が現れ、呆れた目を弟に向ける。
「任務だろ、ほら行くぞ」
彼女はさっさと立てと棘に促すが、弟は「おーかーかー」と首を振って動こうとしない。それどころかおれの腰に手を回して離してもくれない。
「棘?任務だよ。おれいつも頑張ってる棘にご褒美あげたくて来たのに頑張れないならあげられないなあ」
そう言うと棘はおれを抱えたまますくりと立ち上がった。
「助かった。確か棘の兄貴だったか?」
女の子に聞かれ、自己紹介がまだだったことに気づく。
「そうそう、ごめんね。狗巻巴です。いつも弟が迷惑かけてない?」
そう言うとぽかぽかと抗議が入った。
「まあそれはお互い様だな。私は禪院真希だ」
「真希ちゃんね。でも何でおれが兄だって分かったの?」
先程の恵くんもおれのことを女の子だと思ってたみたいだし、てっきり真希ちゃんも騙されてくれるかと思ったらあっさりバレてしまった。
「ああ、それは」
「お か か!!!!!!!」
急に弟が叫んだかと思うと真希ちゃんを連れて行ってしまった。どうしたんだろう。
「またな、巴さん」
笑って手を振る真希ちゃんは最後まで男前だった。

┈┈┈┈┈

「巴さんってどんな人なんですか?」
五条先生に尋ねる。
「珍しいね。恵が誰かに興味持つなんて」
「別に」
こうなった五条先生ほどうざいものはないと思う。

「確か歳は25くらいかな。僕の二つ下の後輩で、あ!同期に伊地知がいるじゃん」
五条先生の言葉に表情には出さず驚く。あの見た目で25歳だとは。目の前の男といい、歳を誤魔化しているようにしか見えない。
「狗巻先輩と同じ呪言師では無さそうですけど」
「そもそも呪術師じゃないしね」
普通に喋ってる為呪言師の可能性は無いと思ったが、呪術師ですら無いとは意外だった。
「巴の仕事はちょっと複雑でね。んー、巴って天与呪縛で呪力ないんだよね」
「禪院先輩みたいなタイプってことですか?」
あの人みたいに武道系というようには見えなかったが。
「巴が?無い無い!だって運動神経0だもん」
手を振って有り得ないというように話す五条先生に少し納得してしまった。緩いというか何というか、とにかく運動出来るタイプでは無さそうだ。

「巴は呪力が一切無い代わりに並列思考が出来るんだとか。そういうのって六眼じゃ視えないからよく分からないんだけどさ」
「並列思考?」
「簡単に言うと右手で円を描きながら左手で四角を描くみたいな動作の超すごい版らしいよ」
「適当ですね」
言いたいことは何となく伝わるが、超すごい版と言われても大雑把過ぎてすごさがよく分からない。
「その辺は本人から聞いた方が早いしね。で巴の仕事ってのは報告書から呪霊の等級を推測するのさ」
「え、まさか全部ですか?」
「そうだよ、ほんと脳みそどうなってんのかね」
この日本で一日に何体もの呪霊が報告されていると思っているんだ。到底一人でやる仕事ではない。

「でも折角巴が上にあげたそれも、上の都合で上手いこと書き換えられちゃうしさ。やってられないよね」
「巴さんが指示を出す訳では無いんですか?」
「前はそうしてたんだけど、それだと余りにも効率が良すぎたんだ」
効率が上がって悪いことなんてあるのか。
俺の訝しげな目に気付いたのか、五条先生はふっと笑って続けた。
「都合良く事故が起きなくなったって言ったらわかる?」
思わず息を飲んだ。それではまるで上層部がわざと呪術師を殺していると言ってるのと同じだ。
「恵の想像通りだよ。自分たちにとって不都合をもたらす呪術師を平気で排除する。上の奴らはそんなのばっかりさ」
「巴さんは大丈夫だったんですか?」
真っ先に排除されそうな巴さんが心配だった。
「あの頭脳は唯一無二だからね。そう易々と殺せないよ」
その事実に少しだけ安堵する。あの綺麗な人が醜い理由で殺されるのは許せなかった。



┈┈┈┈

「棘任務お疲れ。真希ちゃんもお疲れ様」
そう出迎えると棘が飛び付いてきた。よろけるおれをパンダくんが支えてくれる。
「危ないだろ」
真希ちゃんに注意されるが、棘はぎゅうぎゅう抱きついたまま離れようとしない。でもおれも言葉を交わさない分に身体全体を使っておれを好きだと言ってくれる棘が可愛く仕方ないのだ。
サラサラの髪に指を入れ、撫でるように梳かす。
「棘はほんとに巴が好きだな」
パンダくんにそう言われ「しゃけしゃけ」と返す弟の声は少し掠れていて、どうやら沢山頑張ったようだ。
「ねえ棘、ご褒美何がいい?」
流行りのスニーカーだろうか。棘が好きなブランドの腕時計も最近発売されてたし。ヘッドホンも欲しがってたっけ。
「明太子!いくら!!」
「一緒に寝るってベッド狭いでしょ?」
「しゃけ!」
狭くてもいいからおれと一緒に寝たいらしい。あまり一緒にいられなかったから寂しい思いをさせてたのかな。
「分かった、いいよ。おれ棘のこと甘やかしに来たんだし、やりたいことどんどん言って」
「巴さん、悪いこと言わないからそれはやめとけって」
「俺もそう思う。棘が暴走するぞ」
真希ちゃんとパンダくんから制止が入るが、棘は乗り気なようで撤回とは言えなかった。


結局その日は一日中棘の我儘を聞くことになったけれど、一緒に寝たり一緒にお風呂入ったり、おれの手料理で喜んだり、甘えたい盛りの弟はやっぱり可愛かった。