君を愛する腕がないの



※欠損表現あり




「ころして」

ぽろぽろと瞳から透明な雫を滴らせて、彼は掠れた声で哭いた。すがりつくための腕は、先日の壁外調査で失われた。
彼は優秀な人物だった。彼なら行って帰って来るなど容易いと思っていた。評価もそうだった。
けれど彼は、まだ若い新兵を庇って――獲物を狩るための刃を操る、腕を失った。

「……おねがい」

彼には、その涙を拭う指がない。自分にそれが出来る指は有るけれど、彼に触れることはできない。彼に、自分が彼を殺すという幻想を抱かせない為に、堪えなければならなかった。
雫は青白い頬を伝い、服に斑の染みを作ってゆく。

「ねぇ、エルヴィン」
「……名前」
「ころして……っ」

さらに距離を縮め、些か焦ったような声で言った。彼には、胸元を掴む手も、頬を殴り飛ばす拳もない。
まだ彼は泣いたままだった。ころせころせと自分を責め立てる唇は赤い。そこだけ甘そうに熟れていた。
それにかじりついてしまえば、彼の声が途切れるだろうか。

「……っ、……ん」

唇を塞いでしまえば声が途切れ、見開かれた瞳の睫毛から雫が跳ねた。押し返す腕はない。ないのだけれども、彼は拒む仕草をみせなかった。舌を捩じ込めば僅かに唇を開いて迎えてくれる。
散々貪ったあと唇を剥がして彼を見つめれば、彼の瞳がいっそう滲んだ。

「……ひとあし、遅いですよ」
「……名前、私は……っ」
「これじゃ、貴方を抱き締められないっ……!」

絞り出すように紡がれた言葉。そのまま彼を抱き締めれば、嗚咽が溢れた。鼻先を首筋に擦り付けるように、彼は咽ぶ。

「……ない、……たりないっ……たりないっ」

ない。
圧倒的に、無慈悲に、たりない。
彼が望むことを為すための、腕が、腕がない。

/20130814
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