04



名前はエレンを割合好いている。そのことは自分でもよく知っていた。

エレンに会って、境遇を知ってからは突き動かされるように優しく接した。しかし彼に綺麗な人間だと思われ、結局外評と現実の板挟みになって藻掻く羽目になった。
ひとつ、名前の誤算はエレンを自分と同じ造られたバケモノだと思っていたことだ。エレンはやはり名前からしたらニンゲンだった。たとえ巨人になれたとしても、立派な人間だと思った。リヴァイはエレンをバケモノだと言ったが、その服従させることのできない屈強な意思こそが、エレンの人間たる根元だと思った。
対して名前はどう足掻いてもバケモノだった。欲をない混ぜにして産み出された俗的なバケモノだった。
地下街の娼館を兼ねた見世物小屋で長年東洋人を近親相姦させ続けた末に産まれた。名前以外の兄弟姉妹は身体的な欠損や精神障害を持っていたためすぐに処分され、地下街でただ一人きりの東洋人としてその価値を利用してきた。欲のために平気で人の命を奪い、誰かを騙して生きてきた。エルヴィンに調査兵団へ引き入れられなかったらどうなっていたか分からない。
所詮そんな人でなしなのだ。だから名前は苦しくて仕方なかった。
名前がここにいる一番大きな理由は『バケモノの世話はバケモノを』という馬鹿らしい理由なのにだ。解せなかった。





エレンの真っ直ぐで純粋な瞳を直視した昨晩、名前はとうとう耐えきれなくなった。ぼんやりしているうちに朝を迎えたが、会いたくなどなかった。
リヴァイに休む旨を伝え、理由を訪ねられたので「仮病」と言ったら許された。
最初は自室で寝そべっていた名前だが、昼前にひんやりとした地下室に潜り込んだ。言わずもがなエレンのために宛がわれた部屋である。ベッドに寝転べば、石鹸の匂いに混じってエレンの匂いが微かにした。名前は安心したように一息つき、眠りに落ちてゆく。
仮病まで使った筈なのに、何故か気分は良かった。


名前はあまり眠らない。境遇故か眠りが浅い。浅い眠りを繰り返してしまう。それから、夜自体が嫌いだ。思い出してしまうからだ。人のトラウマ関連の記憶はそう簡単に拭えるものとは言い難く、ぐずぐずと心の奥底に溜まり続けるのだろう。
扉が開く音とともに人の気配がした。そのまま彼はベッドに近づいてくる。微睡んだままベッドに突っ伏していると、髪を柔らかく撫でられた。
撫でる手を気配だけで掴む。突然のことに、相手が身じろぐのが分かった。

「……おはよう」
「あっ、いや、あの……その」
「別に怒ってないから大丈夫」
「……すみません、つい。綺麗だったので」
「なにその理由」

ストレートな物言いに面食らう。
一応びくついているエレンに怒ってないと一言断りをいれておいたが、あまり効果はないようだ。

「エレンは怒らないの?」
「何がです?」
「勝手に逃げて仮病まで使ったくせに平気で無断で侵入して寝たこと」
「……大丈夫ですよ」

名前の言葉にエレンは苦笑して、ベッドのシーツに視線を落とした。

「俺が気に障るようなこと言ったからでしょう?」
「いや、だから……」
「名前さんのお気持ちを察すことができなかったから……その、俺のせい、で」

きゅ、と拳が頼りなさげに握られた。名前は嘆息し、エレンの顎に手をかけて無理矢理上を向かせる。瞳が溢れそうだった。
ああ、彼は自分の為に泣くというのか。
やはり彼は優しく、ひたむきで、清い。

「ほら、こっち見て」
「……っ!」
「ん、ありがと。気遣ってくれて」

名前の黒髪が白い肌を滑り、宙に揺れる。エレンはどきまぎしながら名前を見つめた。対する名前は楽しげに唇をつり上げて笑う。

「あー、やっぱりエレンって可愛げがあっていいね」
「や、あの……」

期待した反応が得られたのか、名前は満足そうにエレンを抱き締める。エレンは顔色がころころと変え、あたふたしているが、抵抗はしなかった。なすがまま名前の腕に収まっている。

「名前、さん……?」

まだこんな自分に気を遣ってくれているその声に、面白いなあと素直な感想をごちる。
気分がいいうちに言ってしまわなければ。次の機会はないかもしれない。このままでは、後悔する……かも知れない。
なるべく優しく囁きかけた。

「昨日のこと謝らせて。大人げなかった、ごめん」
「……っ」
「あと、やっぱり駄目なの。エレンが思うような奴じゃないから、面識を改めて欲しい」
「……名前さん」
「エレンは自分のことを俺に話してくれたけど……俺もしていいのかな?」
「っ、……お願い、できますか」

知りたいんです、と小さく続けたエレンにいとおしさが込み上げた。
エレンは、自分の生い立ちを知っても変わらないのだろうか。瞳を覗き込めば、純粋で曇りのない光が宿っている。ああ、この瞳だ。
名前はわかっていた。真綿にも似た無垢な感情に、自分が耐えられなくなっただけだということを。
ただ先程、それに包まれることにしただけ――よくある心境の変化である。


/20130825(真綿の純情/完)
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