03



名前というリヴァイの地下街からの仲間で同班の青年は"東洋人"である。
流れる艶やかな黒髪は後ろでぞんざいに括られ、闇の色を称えた黒目は気だるげだ。それでいて放たれる毒気に似た色香は、兵士たちの間で話題に登り続けた。
彼はエレンに始めから分け隔てなく接し、なにかと自分を気にかけてくれた。定期的に地下室に訪れては話し相手になってくれた。心まで綺麗なひとなのだと思った。

ある日、エレンは思い出した。ミカサは唯一の東洋人の生き残りを母に持ったために家を襲撃され、家族を失ったことを。
訓練兵時代、ミカサも噂を聞くや否や調べにかかっていた。しかし彼は間違いなく東洋人だったし、混血には見えなかった。ただ彼の出身地が"地下街"であるが為に「なにか壮絶な事情あったのだろう」という曖昧な推測を出ないまま、名前の出生に関する話題は兵士たちの間で一種の禁止語句になった。


今晩も、エレンは地下室のベッドに腰掛けて名前を待っていた。彼を待つのは苦にならない。暫くして扉をノックする音がした。すぐさま顔を上げ返事をする。

「どうぞ」
「……お邪魔します」

名前は瓶を片手に持ってやって来た。中身を訊ねると、林檎のジュースで、お酒に強くないことを笑いながら教えてくれた。コップを持ってきていないため、そのまま口をつけている。

「エレンも飲む?」
「え、いや……」
「リヴァイじゃあるまいし、回し飲みは気にならないでしょ?」
「……そういう問題じゃ」

瓶を彼の手で持たせられれば、もう断ることは出来ない。ひとくち飲めば果汁の甘さが広がった。高級そうなラベルに、いくらしたのか聞くことは憚られた。

「美味しい、です」
「そ。よかった」
「……あの、名前さん」
「ん?」

こちらに向けられる視線が、二人きりの時の方がずっと優しいことにエレンは最近気づいた。

「いつまで此処に来てくれますか?」
「俺かエレンがくたばるまで、かな」
「何故ですか?」
「……そんなに理由が欲しいの?」
「だって、名前さんは優しいから」
「……エレンは俺の認識を改めた方がいい」

唐突なエレンの問いかけにも、名前は困ったように笑った。子供の扱いを図りかねているような、そんな顔だった。

「強くて優しいし、綺麗だし……あと」
「エレン」

エレンの言葉に名前の瞳が冷たく細められた。ふっと笑みが消え、名前を呼ぶ声がやけに淡々としている。冷たい。背筋を冷たいものが伝った。

「あの、名前さん……俺、なにか?」
「エレン、勘違いしてる。俺は汚い人間なんだ」
「そんな、ことは……!」
「あるんだよ。俺に変な幻想見るのやめてくれ……つらいんだ」
「……名前、さん」

憔悴したような名前の瞳は、相変わらずの闇色。しかし、いつもより深く落ち窪んでいるような気がする。彼の闇に触れてしまったらしかった。

「エレン、自分がバケモノだという自覚は?」
「あり、ます」
「……俺もあるよ」

吐き捨てるように名前は言う。忌々しげに、だけれども苦しげに、エレンに向けて吐き出した。

「……ごめん、疲れてるのかも。帰る……おやすみ」





一方的に名前が退室したその翌朝、名前の姿はなかった。

「兵長、名前さんは?」
「あ? 名前なんざ仮病だ。……エレン、お前何かしたのか?」
「いや、その……」
「面倒な奴だな、言え」

リヴァイに訊ねるも仮病だと言う。むしろリヴァイが仮病だと分かっていて許容するのが不思議で仕方ない。凄まれ昨晩のことを話せば、鼻で笑われた。

「察してやれよ」

そのままリヴァイはくるりと背を向けて立ち去ってしまう。エレンは引き止めて追及しようか躊躇したが、きっと話してはくれないだろうと諦めた。
……やはり、本人に聞くべきなのだろうか?
エレンは取り敢えず夜までは考えないようにしようと首を振った。


/20130730(誰も知らない傷がある)
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