03



名字の、あの底が見えないような深い黒目が好きだった。何も映さないような黒さとは裏腹に、何でも吸収する恐ろしく貪欲な目。


三年生が引退すると共に、一年の何人かが新たにベンチに入る。研磨も、件の彼もいた。視界が二人を捉えたので片手を上げて挨拶をすれば、彼だけぺこりとお辞儀を返してくれる。
上下関係が苦手だと溢したのはどこのどいつだ。すっかり三年生とも打ち解けていたくせに。一番面倒を見ていた奴なんて、最後の試合には泣かずに送別会で名字と顔合わせた瞬間に泣き出していたくらいだ。全く、なんて罪な男だろうか。
こんなことを言ってしまうと俺が名字のことを好きみたいに聞こえるが、あながち嘘ではないから困る。
少なくとも、後輩の中では一番可愛いがりがある。研磨は付き合いが長いし、山本はテンションが高いし、福永は滅多に喋ってくれない。改めて考えると消去法で選出した感も否めない。

「……名前、そろそろやるか」
「はーい」

素直だし、聞き分けはいい。今日も恒例となったブロック練習に彼を誘う。最近こっそり名前呼びにしてみたが特に言及されていない。拘らないタイプなのか、そこまで気を許されているのか。
自分の経験が呑み込まれて、誰かの武器になるのだと思うとぞくぞくするのだ。当然彼にもそれを求めていたし、彼はそれに応えてくれる。だから、名字名前は可愛い後輩なのだ。



▼△▼



研磨が珍しく早く部室に行くと言いだすから、何事かと吃驚しながら30分ほど早く家を出た。鍵はすでに開いていて、扉を開けば少しそわそわしている名前が待ち構えていた。
何となく察した。こんなことなら来なければよかったのに。研磨がバレー絡みで早起きするはずなんてないことを一番俺がよく知っているのに。


部室でゲーム画面を覗き込む二人。蛍光灯を反射して光る研磨の金髪にはもう馴れた。いや、今日はそんな話ではなく。
名前のぴょんぴょん跳ね放題の毛先が赤く染まっている。地毛がこげ茶なのであまり違和感はないが、この学年の頭髪のヤンキー感には頭が痛くなる。

「名前、お前」
「あ、黒尾さん気づきました?」
「……よりによって赤ってお前ね」
「パツキンとモヒカンといっしょにいたら普通ですって」
「まあ、確かにな」

二人が真剣に操作しているゲームの画面では戦っていた女の子の服が盛大に破れて下着になっていた。何故バトルでそこまで服が破けるんだ。一応ここ学校の部室なんだぞ、分かってんのかお前ら。
朝っぱらから頭が痛くて痛くて仕方がない。駄目だこのゲーマーたち。
俺もメジャーなゲームはする方だし、好きなゲームはやり込んだりもする。しかし奴らはどうだ。ゲームがあれば取り敢えずゲームをし、何か目標を提示されれば迷わずやり込む。
特に研磨の場合、特段そのゲームに興味がなくても名前に頼まれれば普通にやり込んで代わりに攻略している。その情熱を是非ともバレーに活かして欲しい。
名前はゲームでもスポーツでも目標を決めたらまっしぐらだ。負けず嫌いとも言う。ゲームを買った以上目指すのはフルコンプ以外ありえないらしい(本人談。研磨も同意していた)。

「それよりなんだそのゲーム、いいのか高校生」
「だいじょーぶです。確か年齢15? だったと思うんで。あと下着は残るんでセーフです」
「そういう問題じゃない」
「でもクロ、一応格ゲーだから服脱がすのも面倒だよ、このゲーム」
「それも問題じゃねぇよ」
「そうそう。こいつ難しくて研磨にひん剥いてもらおうと」
「邪魔しないでね、クロ」

お前には関係ないと暗に言われた気がして、少しムカついた。大人気ないのは十分承知しているが、高校生はまだ子供だという言い分を使わせてもらう。
取り敢えず休憩時間はひたすら名前にウザ絡みしてやった。当の本人は呑気に笑って「黒尾さんおれのこと好きすぎですか」とか言ってくるからチョークスリーパー決めつつ肯定しておいた。可愛い後輩め。
さっき技をかけたときに気付いた事なんだが、名前は案外体が細い。あの練習量ならもう少しついてもおかしくないと思うが。

「名前もっと肉つけろよ」
「ん? おれちゃんと食べてますよ」
「足りねぇなぁ。ブロック吹き飛ばされんぞ」
「まえ重要なのはタイミングだって言ってたじゃないすか」
「最低限の筋肉が前提だ」
「ええー」
「合宿中は俺の目があるからな、覚悟しとけ」
「……ソウデスネ」

あからさまに目を逸らされる。やっぱり食べてないな、こいつ。名前が嘘をつくのが下手で助かった。
さて、合宿ではどんな手を使おうか。彼の無表情はどのくらい崩れるのだろう。俺の中で新しい楽しみがまたひとつ追加された。



/2015/03/17
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