04
目の前がぶつりと真っ暗になって、体に激痛が走る。しばらくして見慣れた体育館の床の模様しか視界に入ってこないことを内心不思議がっていると、慌てた顔の先輩たちが駆け寄ってきたのが見えた。
そうか、おれ、倒れたんだ。ようやく現実を認識した脳に、神経からどんどん痛みの信号が送られる。去年、下手したら一昨年も同じことをやったような。名字は特別体弱いわけでもないのに倒れることあるよね、なんて言われたこともある。
まったく、合宿初日からついてない。いや原因はおれだけど。
「……名前!?」
「だいじょぶ、です」
ドリンクやらタオルやらを片手に先輩たちがわらわらとおれの周りにしゃがみ込んできた。右手を上げて動きを制する。
「ちょっと気ィぬけただけ、です。すぐ治ります」
「本当か? 病院は?」
「いらないです。でも念のため休憩させてください」
「当たり前だ。練習するなんて言ったら蹴り倒すところだったぞ」
「夜久さん、おれもう倒れてますけど」
「んじゃ蹴り飛ばす」
「……なんかちがう」
夜久さんはすごい面倒見がいい。背はないけれど人間的に大きくて、頼れるし、厳しいけど心配してくれる。きっと、いいひと。言葉は少し暴力的。実際に蹴られたことはない。黒尾さんが食らっているところは見たことあるけど、あれはすごく痛そうだった。
自力でゆっくり起き上がった。そのまま壁に凭れる。海さんがそっとタオルを頭に乗せてくれた。この人は、慈悲で溢れた仏か何かの生まれ変わりだと信じている。やさしい。
「ありがとう、ございます」
「気をつけてな」
「はい」
続けて差し出されたドリンクを素直に受け取って、一口飲んだ。もう大丈夫だから離れてくれという気持ちを込めて頷けば、先輩たちは頷き返してから離れていった。
近づいてくる別の足音に顔を上げれば、研磨がおれを見下ろしていた。研磨はそのまま隣にちょこんと腰を下ろす。
「……けんま」
「大丈夫?」
「うん。へいき」
「ならいいけど。無理してまた倒れても困る」
「けんまでも心配とかするんだ」
「名前は俺のことなんだと思ってるの」
「やる気なし男?」
「うん……否定は、しないけど」
みんな、おれにやさしい。あの研磨でさえおれに気を遣ってくれるなんて。今まで知らなかったやさしさに戸惑って、少しだけ笑った。
この後、当然居残り練習なんてさせてもらえるはずもなかった。目の前の黒尾さんは笑っているけど、笑っていない。これは完全にやらかした。
「へえ? 練習? すんの?」
「……スミマセンでした」
「なあ名前。倒れたのって食べてないせいとか言わないよな? 俺はお前の朝ごはん事情にまで介入しないといけないのか? ん?」
「……反省してます」
「わかってんならさっさとメシ食って寝ろ。いいな」
「っ、はい」
ただ、追いつきたいだけなのに。コートに立ちたいだけなのに。チームの役に立ちたいだけなのに。どうして空回ってしまうのだろう。上手くいかないのはおれのどこが悪いからなのだろう。
歯痒くて拳を強く握った。短く切られた爪が僅かにめり込む。
ぽん、と頭の上に乗せられる手のひら。
「……?」
「気負い過ぎんなよ」
その言葉はいとも簡単におれのこころに侵入した。かすかな温もりと共に跡を残して、ずっと消えないのだ。
▼△▼
黒尾さんと夜久さんに監視……見守られながらご飯を完食し(おれ、えらい)、みんなより先にお風呂を頂いた(申し訳ない)。何かしても咎められるだけなので先に布団に入ってしまう。
おれの布団は、黒尾さんと研磨に挟まれている布団だ。研磨は元から隣の布団で、黒尾さんは悲しいかな監視役だ。なんか隣に増えてた。
今は一年生の番なので二年生がおれに気を使いながらも自由に時間を過ごしている。話し声をうつらうつら遠く聞きながら、隣で胡座をかいている黒尾さんを見た。
目が合う。
「そう言えばお前、熱計ったか」
「……おふろ入ったんで手遅れですかね」
「バーカ」
黒尾さんはすぐさま立ち上がって体温計を取ってきてくれた。朝必ず測ることを念押しされる。大人しく頷いて瞼を閉じた。
「……眩しいか? 何なら電気消すけど」
「んー、別に気にしないです」
「分かった。ちゃんと寝ろよ」
「わかってますって」
投げやりに言葉を返した。すぐに拡散していく意識。近いはずなのに、黒尾さんの声は遠く感じた。
途中寝苦しくて目を開ける。正確な時刻は分からない。もぞもぞ布団の中で動く。
まず感じたのは人肌。ひと、はだ……?
恐る恐る目を凝らす。うつ伏せで枕に顔を埋めて爆睡している。ちょうどおれの背中に枕を当てて、そこにめり込んでる感じ。そのままおれを抱きしめる形になっている。
顔は見えないが黒尾さんの独特の寝方は知っていた。なぜおれを巻き込んでアレンジを加えた。さっぱり意味が分からない。
隣の布団で寝たのは事実だが、これは寝相では済まない。寝相だとしたらすごい奇跡だし、意図的にやったのだろうか。
「……くろおさん」
「ん〜やだ」
「くろおさん、くるしい」
「ん」
寝ぼけているのか返事が適当だ。苦しいことを伝えれば腕の力が緩んだ。そうじゃない、おれは離してほしいのに。
これじゃあ寝たくても寝れない。どうすんだこれ。悶々と考え出したら余計に眠れない……と思っていたのだが途中で諦めて目を閉じたら気付けば朝でした。
起きたとき黒尾さんは何知らぬ顔で隣でケータイ弄ってました。なかったことにしたいのか、それともあれは無意識だったのか。おれには分からない。
とりあえず熱はなかったので安心。
「くろおさん、熱ないです。今日はちゃんとやりますからね」
「おう」
昨日の夜は、現時点ではなかったことにしておく。きっと何かの間違いか勘違いか寝ぼけていたか。そうだ、そうに違いない。
/2015/03/20
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