酷薄に甘い告白



少女は薄暗い地下街を歩く。まるで長らく会えなかった友達に会いにいくような楽しそうな雰囲気を纏って。
ぼろぼろのワンピース、穴の空いた赤い靴、こっそり握られた凶器はひどく不釣り合いだ。
ふた月程前に数え年で十になった。まだまだ少女としての人生を謳歌できる年齢だ。薄汚れた金色の髪の隙間から見えるちいさな唇がにい、と笑った。
鼻歌を歌いながら目の前を歩く男との距離を模索する。少女はこの男を殺めることで明日も生きられることを十分理解している。男共に体を売るより、誰かを殺して生きることを選んだ。

これをしくじったら、おしまい。

「……ん」

いつものように精一杯力を乗せて、骨を避けながら武器を打ち込む。改良を重ねた、人を一撃で仕留めるための武器。ちいさな手のひらに馴染んでしまった悲しい武器。
大の男が年端もいかない華奢な少女を警戒するはずもない。だが、こうやって上手く人を殺せるのも今のうちだ。年を取れば殺す手法を一から練り直さなければならない。女は面倒くさいのだ。

「……むかつく」

地面に倒れた男が息絶えたのを確認して、所持品を物色する。よく見たら一角獣の紋章のついた兵団の服を着ていた。売れそうなものをぽいぽい鞄に入れて、護身用であろうナイフと小銃は頂いておく。それから胸ポケットから出てきた髪飾り。
馬鹿じゃないのか。普通に暮らしていれば髪飾りを女に与えて、愛の言葉のひとつやふたつ囁けただろうに。あんたは何かをしでかした。選択を間違えたせいで、こんな餓鬼にあっさり殺されるんだ。
望めば凡庸ながら普通に生きて死ねただろうに。わたしにはそれができないのに。なんて妬ましい。
なあ、名前も知らぬ兵士さまよ。
折角なのでその髪飾りをつけてみた。初めてのお洒落だ。




売り払った時に得た金で必要なものを揃える。髪飾りと新たな武器を携えて、今日の寝床を探す。

「君か、優秀な少女の殺し屋は」
「……人違いです、お兄さん」

路地に入ったところで男に呼び止められた。女なら放っておかないだろうな、と思う顔立ち。それほど老けているわけではないが落ち着いている。

「その髪飾り」
「……拾い物です」
「君に殺せと依頼した男に、私が持たせた特注品だ」

男が何を言っているか理解し、恐怖した。駄目だ、一対一では勝ち目もない。わたしは狙われていた。あれは罠で、間違えたのはわたしだったのだ。

「わたしに、なにか」
「……優秀な娘が欲しくてね」
「は?」
「是非君にと思って会いに来た」

なにがしたい。おまえはだれだ。

「怪しい人間じゃない。私は調査兵団のエルヴィン・スミス」

なぜ身分を明かし、名を名乗る。なんでわたしなのか。娘? 普通の女なら喜んで産んでくれるだろう。

「……どうかな?」
「からかわないでください」

むかつく。
非力な女じゃなければ怒りに任せて殺そうとしていただろう。お綺麗な人間が、溝鼠を欲しがるもんじゃない。
馬鹿だ。綺麗な人間のくせに、純粋な動機もないなんて。

「本気だよ。拐うことだって出来る……わかるね?」
「……わたしなんにもできません」

文字も書けないし、読めないし、殺し屋としても不意討ちに長けただけだし、愛想もなければ、とびぬけて可愛い女の子でもない。利用価値はないに等しいのだ。
それでも欲しいと言うのか。

「君がいいと思ったんだ」

硝子玉みたいな瞳はわたしを真っ直ぐ見据えてくる。曇りない、揺るぎない意思。この人はどうしても何かがしたいのだ。そして、わたしは駒に選ばれた。

「……っ、わかりました」

こくりと頷いて、持っていた武器を全て捨てる。少し驚いた彼を見上げて、ひとつだけお願いをした。

「これ、わたしにください」

彼が特注したという髪飾り。なんだか気に入ってしまった。今のわたしが拘るものなんてこれくらいしか無い。

「勿論。君のために作らせたものだ」
「ありがとうございます」

頭を撫でられ手を繋がれた。こんなことをされたのは初めてで、慣れない感覚に赤面した。恥ずかしい。
そのまま手を引かれて歩き出す。エルヴィン・スミス、よく分からない男だ。
けれど別に構わない。
わたしなんかが欲しいと甘い言葉を吐いて、綺麗な髪飾りをくれた。十分すぎるくらいに、甘ったるい待遇だ。


/20131228
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