ペットボトルに詰め込む本音
足元を見るたび嫌な気分になる。赤いスニーカー。履き潰してぐちゃぐちゃ、色褪せた赤色が物寂しい。ぴたりと成長が止まり、あまり外へ出ないわたしが長年無理矢理履いているおんぼろスニーカー。
寒空の下、待ち合わせに指定されたベンチに座りながら彼を待つ。途中自販機で買ったミルクティーが冷めないうちに来てくれたら嬉しい。
すっ、とわたしの上に影が出来た。ご到着のようだ。
「彼氏に部屋着で会うなよな」
「……いいじゃん」
――あと数分で彼氏じゃなくなるし。
うっかり滑り出しそうになる言葉を飲み込んで、ペットボトルのキャップを開ける。ぱきり、乾いた音はどこか暗示染みていて、わたしは眉をひそめるのだ。
「ねぇ凛、わざわざ会いに来てくれたところ悪いんだけど」
「んだよ」
ひとまず喉を潤してから、ゆっくり言いたかった言葉を吐く。
躊躇ったりするのか疑問だったが、案外わたしの心象はちゃちに出来ていた。なにも感じないのだ。ああ、わたしはなんて薄情なんだろう。けれどこれはある意味わたしの愛の証明だったりするのか。
「……別れて」
淀むことなく、縺れることなく、はっきりと言い放つ。凛は目を見開いてわたしを見る。違うの、わたしはそれと同じ色をしたあの女の子に見つめられたいの。だから、ごめんなさい。
「……どうして」
「江ちゃん、なの」
その一言で彼は察してしまったんだろう。泣きそうに顔をくしゃりと歪ませ、わたしをきつく睨んだ。
「……ごめん」
赦しもいらないし、憎まれたって構わない。
ごめんなさい、なんて言う資格はないのだ。わたしは無理矢理凛にペットボトルを押し付けて、あげる、と迷惑極まりないことを言って走り出した。
自分の家を通り過ぎて数メートル、松岡と書かれた表札の家。チャイムを押せば、可愛いあの女の子の声がした。
「はーい」
ドアを開けてぴょこんと顔を覗かせる江ちゃん。先程まで彼氏だった、彼女の兄のあの目が脳裏を過る。
似てない、筈なのに。
よくよく考えてみれば、この兄妹は似ているのだ。そうでなければ妹のまやかしにつられて兄にお付き合いを申し込んだりしない。こんな不毛な関係をわざわざ築いたりしなかっただろう。
そこでわたしの堪えていた堰は切れてしまった。次から次へと溢れ出す雫に江ちゃんが慌てて駆け寄ってくる。
そのまま家に招き入れられた。
「な、何があったの?」
何も話さないわたしに話しかける彼女をぼんやり見つめながら、やはりわたしが好きなのは彼女なのだと再確認する。
わたしは間違っていない筈だ。きっとそうだ。それでも何かが狂ったままなのは何でなんだろう。どうしてわたしはえらんでしまったのだろう。
「江ちゃん、わたし……江ちゃんのお兄さんを傷付けてきた」
「えっ?」
「凛と別れた。本当に好きな子、いるから」
「……そっか」
言葉に淀む。彼女に、その柔らかなくちびるを噛ませてしまったのが申し訳なくて。
「……怒ってる?」
「ううん。吃驚したけど、わたしが入る問題じゃないもん」
「そっか」
「気にしないで。ほら、涙拭いて」
「ありがとう」
笑顔が、優しい言葉が、荒んだこころを突き刺してゆく。どうして、どうして。
あのペットボトルに、何を詰め込んでしまったのだろう。言葉に詰まって、ぱくぱく口を開いては閉じる。唇が渇いてきたが、潤すものは涙しかない。
いや、目の前にあるじゃないか。
いたいけな少女のくちびる目掛けて顔を寄せる。拒んでくれたらよかったのに、震える華奢な肩はわたしを拒みはしなかった。
/20130928
百合夢企画「恋患い」様に提出
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