祈りの中でしか息ができない



さて問題です。わたしの体はどこまで耐えられるのでしょうか。


敵の数を目視する。いち、に、さん、し……この辺りで数えるのをやめた。目下にはかなりの数が蠢いていて、まるで地獄絵図だった。
待機していたビルから飛び降りる。重力の働く方向へ、位置エネルギーが変換され加速度を増してゆく。わたしには理解の出来ない自然界の物理法則による力を受けながら、無意識に目を細めた。
弧月を鞘から抜いて、一番綺麗な構えを作る。重力の方向とは逆に、上へと血液が廻る様な感覚。この体はただ偽りの容れ物でしかないけれど、この体に命はないのかも知れないけれど、たしかにわたしは高揚していた。
トリオン兵の群れに垂直に突っ込んで、片っ端から切り刻んでゆく。キラキラと舞う粒子が眩い。奴等に命があるのなら、なんて美しい命なんだろう。
――わたしは密かに、奴等を妬んでいた。
残党がいないことを確認し通信を繋ぐと、オペレーターの柚宇さんが興奮したように『なまえちゃんカッコいい〜』と下心なく煽ってきた。それにありがとう、と返して通信を切る。
わたしはまだ弱い。
わたしたち太刀川隊は、現在も全員別行動というよくわからないことになっている。あのひとは元気にやっているだろうか。ああ、あの太刀筋を思い出すだけで血が沸騰しそうだ。
わたしは太刀川さんに剣を習った。ずっとその太刀筋を仮想空間とはいえ身体中あますところなく受け続けてきた。あの人の太刀以上に興奮するものなんて、この世界にはきっとない。
あの人はどうせ爛々と新型を撃破して、あわよくば人型ネイバー、その中でも黒トリガー使いと対戦することを望んでいる。
どうでもいいことだけれど、わたしには少しだけ夢の中で未来が視える。どこぞの実力派エリートと違って、眠っていないと視れないし、分岐した未来も視えない。ささやかに、わたしにこんな未来もあるのだと警告するのだ。
最近、みんなが死ぬ夢をよく見る。わたしの師匠とも言えるあの人も例外なく、みんなが死ぬ。緊急脱出装置なんてクソの役にも立たないのだと嘲笑うように、みんなが揃いも揃って死体になって虚ろな眼でこちらを伺ってくるのだ。
もしもの未来に吐きそうになるのは、いつもわたしだけだ。こんな目玉、いらない。こんな脳みそ、いらないのに。こんなに使えないサイドエフェクトを持っているのはわたしくらいなものだ。

視えない未来、未知のトリガー、無茶しかしないあの人、必死な仲間たち。
どうか、と祈るくらいしか出来ない無力なわたしに、なにを望んでいるの。

黒い角を持った誰かがわたしに笑顔を向けた。あえて設定してある痛覚100パーセントが脳髄に突き刺さる。
やっぱり、一番最初に脱落したのはわたし。この先は、柚宇さんのとなりで不確定な未来に怯えながら只々祈るだけの無力な存在に成り果てる。
こんなに必死にお祈りしてるんだから、少しくらい応えてくれたっていいじゃない。わたしの命なんていらないから。何だってするから。あの人を、みんなを助けてよ。
致命傷を食らってトリオンが流れ出すたび、これで死ねたらよかったのにってわたしは毎回恨めしく思う。
何もできずに待つのは嫌だ。無力で非力な自分を自覚するのは嫌だ。聞き入れなれない『お願い』を誰ともわからない何かに捧げるのは嫌だ。息が詰まって、苦しくなるのはもう嫌なんだ。
わたしが一番臆しているのは、これなのだ。

脳天貫かれたら、誰もが等しく死んだっていいはずなんだ。ねえ、そうでしょう?


/2015/06/28
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