壱
喉がからからに渇いている。水が飲みたいがそれどころではない。もっと重要な問題に直面していた。
――ここは一体何処で、どうなっているのか。
私はよく分からない不気味な薄暗い回廊のようなところで、足元に転がった私自身の体を見下ろしていた。
その体には触れたくても触れられない。"私"は地に足をつけているし、壁にも触れるのに、"私"に触れることができない。
実体を持てないのは、私の意識なのだろうか。私は見知らぬ部屋で臨死体験か幽体離脱でもしているのだろうか。
私の体から離れるのは不安でもあり、触れられやしないのだが隣に腰を下ろした。私は既に死んでいるのではないかという可能性を胸の奥に押し込んで、頼りなく膝を抱える。
泣きたくなってきた。
物心ついてから今まであまり泣いたことはなかったが、別にこんな状況になってまで貫くほどのことではない。ただ泣いた所で惨めなだけ。それだけはわかっている。
「……罰当たりなことでもしたか」
それとも私の人生そのものが不味かったのだろうか。確かに私は真面目な人生を送りはしなかった。
無駄な期待を向けられて、応えようと足掻いて、失敗して、それを繕い誤魔化すために生きてきたようなものだ。尽きたとしても心残りなど感じない、つまらない人生。
終わっていればいいんだ。こんなもの。
「それはいけませんね」
「っ……?!」
背後から男の声がした。反射的に振り返る。
後退りしたその先は私の体だったけれど、私は私をすり抜ける。
「どういうことか説明して頂けますか」
三白眼……はまだいい。目付きが悪いだけだ。しかし、その額の真ん中から生えている角。
――鬼?
理解が追い付かない。私はどこの世界にいるのだろうか。
□■□
ざっくりと出来るだけ少ない言葉で、かつ丁寧な表現で、現在状況を説明する。下手な態度なんて取れない。命が掛かっている。いや、そもそも現在命があるのかも分からないが。
私の言葉を聞いた男は、顎に手をあててううむと唸った。
「幽体離脱ですかねぇ」
「私……戻れるんですか」
「いえ、ネタの話です」
「……なん、だと……?」
期待させておいて酷いではないか。非道い。鬼かと思ったら鬼だった。
しかもネタが古い。私も考えたけども。
「取り敢えず、現世に一度出ましょうか」
「……ここ、どこなんですか」
「あの世とこの世の境目、門の中です」
「え?」
さっぱり付いて行けない。理解が追い付かない。
「あなたは触れないんでしたね」
「はい」
そう言うと私の体をひょいと持ち上げて歩き出す。慌てて私も立ち上がり、男に続いた。
よろけてしまい、彼の背中にぶつかってしまう。
「あ、すみません」
「気をつけて下さいね」
「……どうして貴方はどちらの私にも触れられるのに、私は私に触れられないんですかね」
「こっちが聞きたいですよ。また仕事が増えた」
「申し訳ないです」
私悪くないのに。そんなことは言えないので、脳内で留めておく。
門の外に出た。男は現世と言っていたが、そこは変哲もないただの森だった。
/20140301
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