:: copy murder
織は嘆いていた。現代人は切り裂きジャックの存在も知らないのかと。
住民からの通報を受け、向かった先は無法地帯。ギリギリ裁かれなかった犯罪者予備軍が跋扈する街。薄汚れていて、常に薄暗い。綺麗も汚いも区別のつかない街。
そんな街に流れ着いた娼婦が鋭利なナイフでずたずたに。
まるきりおんなじだと思う。地の果て、ロンドンのイーストエンド、次々と切り裂かれる娼婦たち。Jack the Ripper―― 切り裂きジャック。
皆に同意を求めれば、誰も知らないという。説明してやれば、何も知らない宜野座が警察の無能さを嘆いた。
「宜野座さん、知らないんですか」
「何がだ」
「警察の技術力ですよ」
当時はDNAはおろか血液型を判定する技術すらなかった。時代は移ろい警察犬を使うようになったが、犬が捜索に使えると判断されたきっかけは幼女が行方不明になった事件の際、愛犬が彼女の匂いを嗅ぎ分けられるからと協力を申し出たことが始まりだった。
さらに言えば、技術不足の時代には、血液型と現場に残された体液の型の不一致という稀な犯人を相手取ったがために、逮捕が大幅に遅れたケースもある。
今となっては証拠DNAなど一切関係なく、シビュラが不要と判断した人間は実際の犯罪の有無に関わらず裁かれる時代になってしまったのだが。
「鑑識の結果によれば、刃物で切り裂かれたのち被害者は生殖器を持ち出されています」
「なぜそんなことを…?」
「さあ? それを突き止めるのが僕らの仕事な訳でして」
情報に目を通しながら、これはひょっとしたら模倣犯なのではないかと思えてくる。おそろしく酷似していたが、もしそうだとしたら初めて切り裂きジャックについて話せる人物と出会うことになる。
……ああ、聞いてみたい。切り裂きジャックを知っているくらいの博識な人物ならば、なぜ他の題材を差し置いてまで、ジャックを選んだのかを。
「なら、大昔をなぞってこの界隈の医療関係を洗いますか」
「なぜだ?」
「綺麗に抜き取っているから、でしょう。傷口そのものはズタズタだけど、位置が的確でそんなに傷口自体は広くない。その上子宮を的確に切り離す技術はある。普通に暮らしてる輩にそんな高度な技術があるように見える?」
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織の意見は否定できるものではなく、さらに現段階で判明していることから照らし合わせると自ずとこうなるべき流れであった。
まず筆頭に闇医者、医療器具を流しているブローカー、怪しい薬の取り扱い店までもさらった。途中別件で摘発、処分しつつも、血染めの娼婦はひとりふたりと増える一方だった。
そして織は、とある部屋の真ん中に佇んでいる。テーブルのライトしか灯っていない室内は薄暗く、光の差し込まない窓は渦高く積まれた書籍によってほとんどを塞がれていた。
目の前の男はドミネーターを構えた織には見向きもせず、机に齧り付いてなにかを書き連ねている。
「…なぜジャックを選んだか教えてくれないかな?」
計五人の娼婦を手に掛けた男は答えた。
彼はこの街で一番の知識人としてそこそこ名の知れた男だった。頼れる教授のような存在。知識を得ること意外には無頓着、引きこもり。
織はすぐにピンときた。彼に違いないと思った。彼ならきっと、欲していると思ったのだ。
「先生がさ、教えてくれたんだ。やってみないかとも言われたな」
「なにを?」
「技術が発達したこの世界で、迷宮入り事件ってやつを」
「その先生、とは」
「言うと思うかい」
「いいや? 一応聞いてみただけ。これでも国家の狗だったりするからさ」
織はそこでドミネーターをきちんと構え直した。正義の銃口は彼を殺せと告げている。それには、従わなくてはならない。
「もうすぐ死ぬ羽目になるけど、ジャックの心境は分かった?」
「……残念ながら」
「じゃあ代わりに僕が続きを考えておくよ」
「ほう、それはうれしいな」
引き金を引く。シビュラシステムは彼を生かすことを許さなかった。赤い血が勢いよく暗い部屋を染め上げる。
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「代わりの人間に、託した時点で糞だったわけだ。惜しかったのに」
犯人を見つけて執行した直後、織はもう彼に興味を示していない。あれだけ気にしていたのにも関わらず、だ。熱くなるのが早ければ、興がさめるのも早い。
歩きながら監視官に報告をしつつ集合地点へと戻る。そしてふと立ち止まった。
「……成る程、やられた。担かされちゃったってワケ」
織は気付いた。やはり彼は最後までシナリオをなぞることに徹底していたことを。
これまでの被害者はすべて室外での犯行、切り裂きジャック事件は初めての室内、別の年齢層にて幕を閉じる。
彼は犯人であり、なおかつ最後の被害者であろうとした。ただ、最後の被害者こと犯人は切り裂かれずに内側から分子レベルで沸騰するという、今までとは違うはるかに近代的な技術によって絶命した。それまではレトロなナイフでわざわざ切り裂かれていたというのに。最後の一手が足りなかった。彼は妥協してしまったのだ。
「あーあ」
織はそれが残念で残念で仕方がなかった。そして、彼を自らの手で切り裂いてやりたいとも思った。もしも言ってくれたならば、協力することも吝かでもなかったというのに。なんとも惜しいことをした。
――すべては、最も美しい幕引きに仕上げるために。
/20131026
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