レ・ミゼラブル
彼から首輪を貰った。――赤くて黒い、俺だけのデザイン。
俺と彼を繋ぎ止める禍々しくも美しい首輪。もっと正確に述べるなら、俺が彼を繋ぎ止めるモノと言うべきか。
俺はそれが嬉しくて、今度は感極まって死にたくなった。そんなこと言ったらまた話が拗れるだろうからグッと飲み込む。
半分潰れた喉で囁いた。
「ねえ白石、俺とまた学校生活謳歌してくれる?」
繋がれた手に更に力が篭る。
太陽はほとんど沈みかけて、屋上は仄暗い。僅かに残った夕陽が頼りなさげに照らしているだけだ。
彼の指先が俺の首に刻まれた痕をやさしく撫でる。
「もう逃さへんから」
「うん、ずっと繋いだままでいてよ」
ぐしゃぐしゃになった進路希望調査の紙を広げて、そういえば白石の志望校を知らないことに気付いた。それを悟られないよう話を振る。
「そうだ。これ白石に書いて欲しいな」
「任せとき、バッチリ書いたるからな」
「でも、ぐしゃぐしゃになっちゃった。先生に怒られるかな」
「俺が言い訳したろか」
「いいよ別に」
長らく白紙だった俺の進路希望調査に、初めて学校名が書き込まれる。それを見てとても満足そうな白石と一旦別れて、俺は職員室に向かった。
紙を受け取った担任はぐしゃぐしゃな状態に一瞬驚いたものの、やっとまともな内容が書かれていることに心底安堵したような素振りを見せた。
「おー、ついにか! 今の折坂の成績なら大抵大丈夫やろ。いつもの感じで頑張りや」
「ご迷惑お掛けしてすみませんでした」
「なんや、親御さんと揉めたんか」
「まあそんな感じです」
追求をへらへらと躱し、そして担任には何度も謝った。理由がなんであれ、どう考えても悪いのは出すのを拒否し続けた俺だし。
親は俺を跡継ぎにする気はまるでない様子なので、いつもの金だけ出してだんまりパターンだ。このときばかりはつい放任主義を極める親に感謝してしまう。
俺のこの歪みの大元は親が原因なのに、今ではこんなに歪んで生きてきた自分さえ肯定出来てしまいそうだ。恋って怖いね、なんて他人事みたいに思った。
「終わったよ。帰ろう」
「お疲れさん」
教室に戻ってくると、白石が荷物をまとめて待っていてくれた。鞄を受け取ろうとすると、体がしんどいだろうから家まで送っていくと拒否されてしまう。
とても気分がいいので、大人しくそれに甘んじることにした。
玄関先で、白石の手が俺の喉元をゆるく撫でてきた。先程もこうやって触れてきたような。彼の意図が分からず、まばたきを繰り返す。
「…白石?」
「榮、堪忍な」
その言葉に込められた感情を、俺は知らない。
▽▲▽
財前光は、たまたまそれを目にした。
先輩たちが部活を正式に引退し、受験勉強が本格化する前に部室の私物を片付け、掃除をする日。
もう今までのように毎日顔を合わせることはなくなるのだという実感がじわりと湧いてくる。割り切っているつもりだ。
でも、あの人と会えなくなるのはなんだか寂しかった。あの人…そう、折坂榮さん。
不思議な雰囲気で、特別なことはしていないのに、一気に心の距離を縮めてきて、絡め取ってしまうおそろしいひと。
結局あの人に近づくことはできなかった。意図的なのかは判断しかねるが、大抵部長にやんわり阻まれてしまうのだ。
屈んで不用品の仕分けをしている折坂さんに背後から声をかけようと近づく。視界に飛び込んできたのは、ジャージの襟から覗く、赤黒く斑らな帯。
白くて華奢な首筋にはあまりにも不釣り合いなように感じる。痛々しく非現実的なそれに、息がつまる。
「あ、えっと…榮さん、その、首…どないしはったんですか」
「えっ? ああ…」
彼は一瞬訝しげな表情を浮かべた後、聞かれた理由を理解したのか気まずそうに頬を掻いた。
急に距離を詰められて、耳元で囁かれる。不覚にもどきりとしてしまった。
「ずっと欲しかったヤツ貰ったの。ナイショだよ」
そのなんとも嬉しそうな表情に、一気に心が凍りついた。高鳴った心臓は一瞬のうちに軋みをあげて固まる。
そしてすぐに理解した。――どうやっても届かないところに行ってしまったのだと。
気付くのには遅すぎた。いや、もしかしたら出会った瞬間からもうあの人は。
足元が崩れていく感覚に急激な目眩を感じて、俺はただ力なく頷くしかなかった。
▽▲▽
あれからの俺たちは至って穏やかで、少しだけどきりとする事件があったのだけど、それ以外は何事もなく過ごしていた。
普通に学校に行き、放課後はみんなで教えあいながら勉強し、ときどき週末はお互いの家に泊まったりして過ごした。
そして志望校の試験を受けて、今日はその合格発表日だ。
お互いの番号は把握済みなので、人混みをかき分け、張り出された掲示板にふたりの番号があることを確認する。ちゃんと両方あった。お互いにおめでとうを言う。
「俺は最後まで榮が白紙で出すんやないかって不安やった」
「……あれ、バレてた?」
人混みを離れ、少し離れた花壇に腰を下ろしたとき、白石はそう切り出した。溜めていた息を吐き出す。
真っ直ぐ自分を見つめる力強い目。それを受け止めて、少しも逸らさないように見つめ返した。
「なんで…? お願いや、あんときの約束忘れたんか? そんな訳ないよな。やったらそんな気まぐれ二度と起こさんで。ずっと捕まえられたままでおってや…」
「当日、試験始まってからもしばらく考えて、また不安になった。白石が高校生になったら、また新しい人に囲まれて人気者になっちゃって、また俺寂しい思いするのかなって」
「そんなことあらへん!」
「白石のこと信じてない訳じゃなくて、俺がいつまでたっても弱気なだけ。でも逃げたって、見つかっちゃうじゃない? 白石は俺のこと、絶対見つけてくれるもんね? じゃあ、ずっと捕まったままの方がいいかなとか思ったら、だんだんどうでもよくなってきてさ。だからちゃんと解いたよ」
「榮ッ…!!」
「ごめんね。感情向けられるの、まだ全然慣れなくて。一方的に向けるのは平気っていうか、寧ろ好きなんだけど。時間かかるかもしれないけど、ちゃんと頑張って受け止めるようにする」
強張った顔を両手で挟んで、冷え切ってしまったところに体温を分けてやる。単に寒さで強張ってる訳でないのは分かっているけど、単純に俺がそうしたいと思ったから。
「ねえ。もしかしたら、本当に逃げ場のない極限ところまで追い詰めて欲しいのかも知れないよ、俺」
ぽかんと開いた口。
その冷たい唇に吐息を吹き込んだ。どうだ、甘いか。それとも熱いか。それが俺の答えだ。
俺たちの周りには結果に一喜一憂する群衆たちしかいなくて、俺たちだけがまったく別のことを考えている。
同じ場所にいるのにどこか切り離された世界で、さらに世界を置き去りにしたような感覚。むしろこちらが取り残されていて、さらに遠ざかっているのか。まあ、どちらでもいいや。
見開いた薄い虹彩がこちらを見ている。俺はそれを見て目を細める。
勿体ぶるように、ゆっくりと離してやった。
「ね、伝わった?」
「痛いくらいにバッチリや」
痛くなきゃ実感できないくらいには狂っている。でもそれが心地いい。
俺たちの関係に最適な愛の重さと強さは、押し潰される寸前、縊り殺す寸前まで。お互い同じ力で奈落に突き落とすのだ。
それが答えだ。誰がなんと言おうと、これがしあわせの終着点だ。
その日、俺が創り出した『かみさま』は死んだ。ただのひとりの人間として歩き出し、そしてついに堕ちた。
2019/01/21(完)
ついに完結しました。
どうしても共依存でぐずぐずにしたくて。満足しました。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。2ndテニミュから書き始めて3rdまでかかるとは思っていませんでしたね…。
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