愛はさだめ、さだめは死
引き攣れたような自分の呼吸音で意識が浮上する。あれからどれだけ時間が経ったのか、さっぱりわからない。
頬を濡らしている涙は、どうやら自分のものではないらしかった。焦点が合わず朧げな視界は、ちかちかと明滅を繰り返している。
「……榮」
掠れたというよりは呻きに近い声が俺を呼ぶ。
彼は自分の意思で俺を傷つけては、その事実にまた傷つくのだ。なんて可哀想なんだろう。
……嘘だ。俺がそうなって欲しかった。
だからそう仕向けたし、そう仕込んだ。そうやって傷つくことを繰り返す彼が愛おしいと思った。
ようやく意識がはっきりとしてきた。急に気管に入ってきた空気に思わず噎せこんでしまう。
慌てて立ち上がった彼が戻ってきて、ペットボトルの水を差し出してきた。有り難く受け取って、一気に中身を煽った。
「白石も、水欲しくない?」
頷いたので、ペットボトルを返した。彼が飲み終わるのをぼんやりと待ってから俺はようやく語す覚悟を決めた。
俺が狂わせたんだから、最低限のことは話しておかなくちゃいけないのかもしれない。俺の鈍い思考は、責任感みたいなよく分からないなにかを感じている。
こんなとち狂った茶番劇の責任の取り方なんてわからないけど、全部が全部俺のせいなことだけはっきりとわかる。
もし受けるべき罰があるとするならば、俺が全て引き受けないといけない。
かさついた唇を舐めると、わずかに血の味がした。ゆっくり口を開く。
「……白石が合宿でいなくなって、繋ぎ止める手段がなくて、いつか終わりが来るかも知れないって思って怖くなった。不確定な未来に怯えるのが嫌になった」
「俺が寂しくさせたんが悪いんか」
「そうじゃなくて。怖くなって、全部放り投げたくなった。悪いのはぜんぶ俺だよ」
「…榮」
「離れてから自信がどんどん無くなった。何も信じられなくなった。だから終わりにされる前に終わりにしたくて。ただのワガママでしかないけど」
白石を見ると、涙で潤んだ瞳がじっと見つめ返してきた。泣かせちゃったなあ。
「初めて会った時、ほんとうに心から欲しいと思った。でも、手放したり逃げられたり無くしたりするくらいなら、自分で壊した方が幸せだって思ったんだ」
戦慄く唇が欲しいと思った。
切なげに顰められる眉根が見たいと思った。
優等生ぶった仮面を剥ぎたいと思った。
晒された素顔が歪められるのが見たいと思った。
冷静沈着な態度がぐしゃぐしゃに崩れて欲しかった。
心の一番柔らかいところに触れて掻き乱したかった。
自分に依存させて一人の人生をぐずぐずにしてみたかった。
俺に溺れて、めちゃくちゃになってほしかったんだ。
「もっとワガママを言うなら、俺の望んだタイミングで、その手で終わりにして欲しかったんだ」
そして今は――俺を罰して欲しいんだ。俺が狂わせたその手で、終わりを打ち込んで欲しい。終わりを自らの手で導いて、その凶器は君の美しい手であって欲しいと思った。
「榮」
「っ、白石」
肩を強く掴まれ、そのまま強い力で引き寄せられた。俺の名前を呼ぶ声には、優しさのかけらもない。彼らしからぬ強い口調だった。
有無を言わせぬ勢いで唇が近づいてきて、俺は戸惑う。それは思っていた展開じゃない。
「……な、え? ちょっ…と!」
「今更逃げられるなんて思わんどき」
無理矢理唇が重ねられて、すぐさま舌が侵入してきた。好き放題俺の中を動くそれに、心拍数が跳ね上がる。
呼吸を奪われるようなキス。
「んっ…う……ひっ!」
酸欠でぼうっとしだした意識は、急に現実に引き戻された。シャツの下に差し込まれた白石の手。
いつもは冷たくて気持ちいいくらいなのに、今日は燃えるように熱い。俺の知らない体温。俺の知らない感情が痛いほどぶつかって、激しく揺さぶられる。
「まって…あつい……それだめ、だから…っ!」
「待たへん、逃さへんから」
語気は強いのに、俺に触れる手つきはひどく優しい。それが今はとても怖い。怖くて、戸惑ってしまう。俺の知らない白石がいる、それが泣きそうになるくらい怖くなった。
「なあ、榮。どこまでしたら俺を許さへんようになるん? ずっと俺のこと考えてくれるようになるん? 忘れないでいてくれる? この気持ちから逃げるの、諦めてくれるん? なあ、早う教えてや」
――やないと、最後までしてまうで。
耳朶に直接吹き込まれて、悲鳴のような息が洩れた。浅い呼吸を落ち着かせたくてもできない。
どうして、どうして。
そうじゃない。違う、そういうことじゃないのに。混乱から戻ってこれない脳味噌が思考を放棄しようとする。
目の前に逃げ道があるのに、どうして想像してた表情じゃない顔をして迫ってくるの。どうして、どうして。
どうしてそんなに嬉しそうに笑っているの。
何もかも違った。彼が望む狂わせた責任の取り方は、そうじゃなかったのだ。
真正面からぶつけられる熱い視線に、最後の理性が籠絡した。
「諦めてや、榮」
君が望むならば俺はそれに答える責任と義務があり、そして何よりそれを俺が心底望んでいる。
震える唇が勝手に本音を溢そうとする。溶けた理性ではもう制御できそうにない。
「……やだ、ほんとは誰にもあげたくない。手放したくない」
もう堪えられない。涙といっしょになって本音が溢れてしまう。
引き攣った呼吸音、喉元が締め付けられるような感覚。それらを全部振り切って、溜めていた感情を吐き出した。
「すき、すきだよ。だからっ…そんな理由で俺に触んないで……!」
嗚呼、ついに。ついに言ってしまった。
もう後戻りはできない。それでもよかった。
感極まった白石にきつく抱きしめられた。白石はこうやって感情のままぎゅうぎゅう抱くのが好きだ。俺の知っている、でも何処か知らない白石を受け止める。
「榮っ…榮……!」
顔が押し付けられた肩口が濡れてきた。
宥めるように背中を撫で、耳朶に唇を落とす。赤くなるそこへ、次々とささやかなリップノイズを吹き込んでやる。
可愛い。なんて可愛いのだろう。俺だけの白石は。
たまらなくて、感極まるのを通り越して今すぐ死にたくなった。
ついさっきまで怯えて震えていた未来など、すぐにどうでもよくなる。抱えていた感情は手から溢れて、今度は多幸感でいっぱいになった。その落差に自嘲気味に笑って、俺は目を閉じた。
2019/01/08
お久しぶりです。
テニミュ2nd白石に滾って始めたシリーズでしたが、なんと3rd白石が来るまでかかってしまいました。
3rd白石も可愛くて仕方ないです。
あと少し、頑張ります!
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