砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない
目が醒めると、そこにはあたり一面真っ白い世界が広がっていた。
カーテンを開けて窓から眺めた景色は、誰にも汚されていないままの無垢な姿で、しんとそこに存在していた。思わずついてしまった溜息でガラスが白く曇る。
手袋とマフラーを確認し、物置部屋の奥にしまっていたコートとブーツを取り出す。万が一のときのために買ったものだが、今日初めて有効活用するときが来たようだ。
ブーツは校則的にグレーゾーンなのだろうが、この雪なら許してもらえるだろう。むしろあの校風から察するに、スノーボードやスキーで滑って門を通過すべきか。
生憎榮にはスキーの経験はないので自粛することにする。大人しく間に合うように早めに家を出ることを決めた。
ちらちら空から落ちてくる雪片の中を、あまり意味をなしていない傘を差しながら歩き始める。吐く息は白く、呼吸のたびに視界が一瞬霧に包まれたかのように曖昧になった。
鼻を真っ赤にしながら楽しそうに駆けてゆく小学生の群れをそっと避けながら進む。無邪気に雪を楽しむことはもう出来なくなってしまった。そのことがなんだか物悲しくて、すんと鼻をすすった。
できればこんな雪の中家から出たくなどないが、学生の本業を果たさねばならない。重い足取りを柔らかな雪が軋んで受け止めてくれる。それだけが嬉しかった。
背後から名前を呼ばれる。振り返れば、白い息を吐き出しながら白石が笑って手を振っていた。同じく手を振って返して、隣に並ぶ。
「おはようさん。今日は早いんやな」
「うん、念のためね。それにしても寒いね」
「榮も風邪ひかんように気ぃ付けや」
「ありがと」
寒い寒いと騒ぎながらも生足を晒している女子たちを横目に門へと進んだ。
先生たちが数人、せっせと雪かきに勤しんでいる。
「雪の後晴れたら、解けたのが夜に凍ってもっと酷くなるよね」
「せや! あかん、コート整備の用意せな」
「いつ? なんなら行くけど」
「部員やないのにそんな大仕事させられへんわ」
白石の言葉に、榮の眉間の辺りがかすかに動いた。先程までの笑顔が一転、不機嫌さを隠そうとしないむすっとした顔になる。
「じゃあ俺がテニス部入れば手伝わせてくれるの?」
「んん? …あれ? そういえば榮の部活の話、したことないよな」
「あー、俺ね、家庭の事情を盾にして無所属なんだ」
「そう言えばそうやったなぁ。ほんなら、なんでいきなり部活の話なん?」
「……白石が俺のこと、のけ者にしたから」
白石は榮の告げた理由にぱちりと瞬きをしたあと、ふにゃりと顔を綻ばせた。手袋をした手で榮の頭を撫でる。ずいぶん間抜けな顔をするようになったな、と榮は思う。
「なんや、可愛ええな」
「…は? その感性、大丈夫?」
「何言うてんるんや、俺はいつも通りやで」
「じゃあ元に戻ったってこと? それならなんでもいいや」
「全部榮のお陰やで」
榮を崇めるかのような熱っぽい視線。さて、どこで間違えてしまったのか。
ただ白石蔵ノ介という、完璧に振る舞おうとする男の心のいちばん柔らかいところが欲しかっただけなのに。どうしてこう自分を信用しきってしまうのだろうか。
理解に苦しむ。榮はひとり心の中でごちた。それでも手放すことはできなくて。一体どうしたらいいのか、長い夜に聞いてみようと思った。
/20141218
←:back:→
≫top