| 急な矛盾が飼い慣らせない |
本部基地で背後から呼び止められて振り向いた。そこには迅さんがとっても胡散臭い笑顔を浮かべながら、ひらひらと手を振って立っている。嫌な予感しかしない。
「周、オマエに戦ってほしい奴がいるんだけど」
「ふーん…会ってほしい、じゃないんだ?」
迅さんの言葉選びに疑問を浮かべる。わざわざおれを捕まえて、『戦ってほしい』というのは何故なのか。
迅さんはいつも突拍子もないお願いをしてくるが、結局おれがそれを飲む未来が視えたから話しかけているのであって、わざわざ足掻くのも面倒だ。
「そう。結構スタイルが似てると思うんだよね」
「で、誰?」
「ウチの新入り」
「あー、玉狛の黒トリ使いの子ね。会いに行くって言ってそのまま挨拶に行けてないんだった。いいよ、乗ってあげる」
諦めて頷けば、迅さんはたちまち満面の笑顔になっておれの肩を抱いた。
「そうと決まれば早速!」
「ガチじゃん…こわ……」
「これ逃すとしばらく来ないんだよ。善は急げって言うだろ?」
半ば連行されるように玉狛支部に連れ込まれた。
彼のことは一応知っている。――人型近界民。彼の黒トリガーを巡って一悶着あったが、結局はボーダーへの入隊が認められたらしい。向こうでの戦闘経験があり、なかなか手練れだと聞いた。外見は白髪で小柄。
先日の任務に際して、ある程度彼のことは伝えられていた。迅さんが根回しをしてまで引き入れた人物だ、たしかに興味はある。
玉狛支部に入ると、情報通りの見た目をした少年がソファーに座っていた。名前は、空閑遊真くん、だったような。
「お邪魔します」
「遊真、連れてきたぞ」
「お、迅さん。そのひとが前に言ってたレアキャラのひと…?」
「そう、鍔本周ね」
「え? おれ、この子になんて紹介されてんの?」
既におれは風評被害に合ってるってこと?! それで、おれは貶められた印象マイナスの状態からこの子と接しなきゃならないってこと?!
おれにとっては割と死活問題そうな疑問に、迅さんは爽やかな笑顔で答える。
「アタッカーの中で一番超レアキャラ。誰かの紹介なしでは対戦できないよ、って」
「否定できないこと吹き込まないでよ……」
口許が引き攣り、がくりと肩を落とした。
たしかにおれは滅多にランク戦をしない。
過去には『ブースにいる鍔本と対戦できると、その一年良いことがある』という根拠に乏しい都市伝説が流れたことさえあった。なんでや。
もちろんそんな力はないが、それほどまでに出現率が低いという事実は否定できない。
さらに言うならおれがスコーピオン使いのアタッカーだということさえ認識されているかどうかさえ怪しいのだ。所属している太刀川隊の面子が濃いというのもあってか、知らない人も一定数いるようだ。初めて聞いた時は少し落ち込んだ。
「あまねセンパイは戦うのがきらいなのか?」
「嫌いじゃないよ。ほかにやりたいことが沢山あるだけ」
「周はエンジニアの人たちと一緒に、トリガーの開発とかもしてるんだ」
「そうなのか、たいへんだな」
「好きでやってるからね」
不思議そうな顔で空閑くんがこちらを見てきた。
A級隊員とトリガーの開発、二足の草鞋というやつだ。忙しいけれど、楽しくて自分から望んでやっていることだ。ぼちぼち開発に専念しようかなと思うこともあるけれど、そのたびにチームメイトに泣きつかれて有耶無耶にされている。なんでかなぁ。
すると一応の気遣いを見せた空閑くんが尋ねてきた。年下、しかもこちらの暮らしが浅い近界民にさえ気を使わせてしまった。こういうの、地味に凹む。
「きてよかったのか? 忙しいんだろ?」
「言ったろ、戦うのは嫌いじゃないって」
しかし、おれは迅さんに直談判された勝負を受けないほど冷めていない。むしろ相手の実力を知りたくてうずうずしてくる。なんなら黒トリガーだって見てみたい。ただの記録だけじゃ味気ないから。こう見えても根っからの武闘派なのだ。
乾いた唇をぺろりと舐めた。
手慣れた手つきで仮想戦闘モードの設定を調節していく。
「早速やろうか、空閑くん」
◇
ガキンと刃同士がぶつかる。
切り結んでは離れ、再び距離を縮めて刃を交わす。双方ともに俊敏な動きで攻撃を仕掛けるが、決定打となるような一撃は入っていない。
小柄な空閑に対して平均的な背丈の周。若干のリーチの差がある。
「慣れたいい動きだ」
「どうも」
均衡が崩れるのはいつだって一瞬だ。
周がさらに一歩踏み込む。視線はフェイントだ。素早く重心を下げて深く切り込む。相手のリズムを崩す、基本的だが決まれば効果は覿面だ。
鋭い一撃が入った。伝達系に致命的なダメージ。
『仮想戦闘終了 勝者、鍔本』
なんとか勝ち越せたが、後半はこちらの動きにかなり対応できていた。なんとも恐ろしい新人だ。
ひさびさに一対一で斬り合ったというのもあってか、無意識に笑みを浮かべていた。腐ってもあの忍田本部長の弟子であの太刀川慶の兄弟弟子、バトルジャンキーの気質がまったく無いと言ったら嘘になる。
「なるほど、迅さんが言うのも分かる気がする」
迅は自分と空閑の戦闘スタイルが似ていると言った。近距離中心にスピード重視、手数と俊敏さで相手を圧倒するというのはたしかに近いものはあるのかも知れない。――もっと厳密に言うと、かつての鍔本周に似ていると言った方が正しい。
遥か昔、この世界に近界民の存在が知れ渡る前。ボーダーという組織がここまで大きくなる前の話だ。
あの頃の周はまだ成長期を迎えておらず、同じくメンバーの中では幼い方だった小南と同様に短くした弧月を構えていた。今となっては眩しすぎる思い出のひとつだ。
順当に成長期を迎え今までの戦法に体がついて行かなくなり、方向転換せざるを得なくなった。必然的に終焉を迎えたかつての周の戦い方。
無事十本勝負を終えて仮想戦闘用の部屋から出てくると、満足げな迅が待ち構えていた。楽しそうに目を細めている。
「ね、言ったでしょ」
「迅さんはおれと戦わせてどうしたかったの?」
「……久々に周の戦ってるところが見たくなった」
わかりやすい嘘だった。
「それならおれと直接戦ってくれればいいのに」
「今回は可愛い後輩の教育を優先したの。というか周を捕まえるのも一苦労なんだよ」
「申し開きようがないなぁ」
そう言われてしまうとあまり強く出れなくなってしまう。話題転換にと後ろにいる空閑に声をかけることにした。
「空閑くん、ありがとう。楽しかった。これからが楽しみだね」
「こちらこそあまねセンパイと戦えてよかった」
「近界民と戦うって新鮮だね」
「……センパイ、つまんないウソつくね」
「アレ、ついうっかり」
空閑のサイドエフェクトの話は知っていた。気をつけていたつもりだったが、つい口を滑らせてしまった。いつもの癖で、息を吐くように嘘をついてしまう。長年の反復と刷り込みによるものだ。
周は遠征に参加して人型近界民と戦ったことがあるし、トリガーを解いた生身の状態の近界民に危害を加えたことさえある。
「いやゴメン。あんまり周りに話せるような事でもないから反射的に嘘ついちゃった。申し訳ない」
「べつにオレは気にしてないよ」
「慣れてるのかも知れないけど、おれが空閑くんに嘘ついていい理由にはなんないでしょ」
「周は意外と律儀だからなぁ」
「意外とってなに」
むすくれたまま、周は迅の上着の襟を掴んで自分の方に引き寄せた。ふたりの距離が縮まる。
「今度はおれともソロのランク戦してよね。暗躍ばっかの迅さん探すのも疲れるんだけど」
「ハハッ、参ったなー」
それから周は戻ってきた玉狛支部の面々に挨拶をして、ちゃっかり夕飯をご馳走になって帰ることになった。おそらく家で同居人が拗ねているから、あとで何か埋め合わせを考えなくてはならない。
あの人の機嫌を取るにはなにがいいだろうか。あれこれと考えるのは嫌いじゃない。
◇
周が帰ったあと、空閑は迅に先程の模擬戦で気になったことについて聞いてみることにした。
「あまねセンパイって元はこっちにいた?」
「俺よりちょっと後に旧ボーダーに入ったから結構古株だよ」
「迅さんはおれに近いって言ったけど、たしかに向こうの戦い方がしみついてるってカンジだったな」
「アイツは極端なリアリストだからな、実践重視なのを徹底してる」
「ふむ、なるほど」
無駄のない太刀筋。派手さはないがその分速さと手数の多彩さがある。じっくり相手の動きを引き摺り出して、最後は絡めとる。
空閑にとっては当たり前の、しかし既に懐かしさを感じさせる戦術。
「なかよしなんだな」
「歳も近いし、付き合いも長いしなぁ」
そこで迅は視線を上へと向けた。天井ではなく、どこか遠くを見ている。
「大切な、家族みたいなもんだよ」
口から吐き出されたものは半分ウソで半分本当だった。空閑のサイドエフェクトが作用する。しかしどこがウソなのかわからない。不思議そうに空閑が首を傾げる。
「……?」
「可愛い弟のようで、良き理解者で、わるい共犯者で――言葉じゃ表せないくらい大切なんだ」
「そうか」
今度はぜんぶ本当だった。人間の感情は難しいな、と思いながら空閑は考えを巡らせるのだった。あまねさん。また戦いたいひと。
2022/08/22
ワーステ行ったら書きたい欲が爆発した
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