ふしぎなくすり1


 魔法薬学の授業、終盤ペアで行う課題を課された。好きな相手とペアを組んでいいので、この授業終わりまでに相手を探せと指導があり、教室内はざわめきだす。
 私とグリムは2人で1人のため、相手探しをしないといけない。周りを見渡すと、既に仲のいい者同士でペアが決まりつつあるようだった。グリムと誰に声をかけるか探りあっていたところ、向かい側の列に座るフロイド先輩が出遅れたのか、寝ぼけ眼でぼーっとしていることに気づいた。周りの生徒も先輩を恐れるあまり話しかけづらそうな雰囲気だ。

「仔犬ども、もうペアは決まったか?」

 クルーウェル先生の声が聞こえてフロイド先輩も状況を察したのか、教室を眺める。周囲の生徒は目をそらし気味だったが、先輩はそんな周りの雰囲気に気づくこともなく、私と目が合うやいなや笑顔で手を振ってきた。

「小エビちゃーん、アザラシちゃーん、一緒にしようよー。オレ教えてあげるからさ」

 大きな声で呼びかけられ、私たちは大注目されながらも応じることとなった。同時にチャイムが鳴り、授業が終わる。
 教室移動の準備をしながら、気分屋のフロイド先輩と勉強することもあり、今日は課題がうまくいきますように……と心の中で願っていた。すると、先輩が近づいていきた。

「授業終わったらオレとジェイドの部屋においでよ。早く課題片付けたいし」
「わかりました。放課後向かいますね」

 先輩に今のところやる気があるようで安心した。しかし、グリムは放課後、他の授業の赤点補習があったことに気づいたので、私だけ魔法薬学の課題をすることとなった。先輩は人に合わせるのが嫌いだし、グリムを待つよりは私がわからなかった部分のすり合わせをして、自分で完成できるくらいまで進めば上等だ。あとはグリムと一緒に考えていけばいいし。


 放課後になると、私は先輩の気分が変わらないうちに、すぐオクタヴィネル寮へ向かった。私はオクタヴィネル寮へ通う回数が他寮生よりは多いらしい。そのため、オンボロ寮からオクタヴィネル寮への近道も覚えている。難なく部屋に辿り着き扉をノックすると、「どぉぞー」と間の抜けた声が中から聞こえた。

 扉を開けると、テーブル前の椅子にフロイド先輩が腰かけている。制服姿ではあるがブラウス1枚で、ボタンはいつも通り開いていて開放感がある。座っている椅子の背に上着がかけられていた。

「そこのジェイドの椅子持ってきなよ。しばらく帰ってこないし」

 先輩に言われるがまま向かい側のジェイド先輩の空間へお邪魔して、椅子を拝借した。相変わらずこの部屋は統一感があるようで、それぞれのスペースがきちんと確立されていることがわかる。フロイド先輩の右に椅子を置いて座ると、私は早速課題の話を始めた。

「あの、資料のこの説明がちょっとよくわからなくて、私はこういう解釈かなと思ったんですが……」

 フロイド先輩はやっぱり”先輩”なので、こういうときはやる気さえあれば頼りがいがあった。「んー、ここはねぇ」とか、「あは、これカンタンじゃん」とか、頭の良い先輩としてのアドバイスをもらう。共同での課題を進めるというよりは、ほとんど私がフロイド先輩から教わるようになっていた。


 気づいたころにはほとんど課題も終わって、あとは自分で持ち帰ったらいい程度になった。フロイド先輩に教えてもらったところまでノートに書き留めまとめていると、何かを思い出した先輩が机の上から貝殻を模した形の瓶を取った。 

「あ……それ気になってたんです。アズール先輩が魔法薬を入れてる瓶に似てますよね」
「そうだよこれ。薬」
「え、何の薬なんですか」
「オレたちこの薬飲んで人間になってるんだけど、定期的に飲まないといけないんだよね」
「あ、そっか、元の姿は人魚ですもんね。そんなに飲まないといけないんですか」
「アズールが作った薬だから出来はすごいんだけど、副作用がひどくなるといけないから効果が短いんだって」

 この人間の姿を見るのに慣れすぎて、ついつい忘れてしまいそうだけどこの人たちは人魚だった。定期的に飲まないといけないって随分苦労をしてきているんだなと思う。
 瓶は遮光のためか青色に怪しく光り、遠目からでも薬の怪しい雰囲気が伝わってくる。

「おいしくなさそうですよね」
「うん。クソマズー。小エビちゃんも飲んでみる?」

 瓶をフロイド先輩から差し出され、興味のありそうな顔で私の顔を見られても、たぶん効果はないし、ただまずい顔をするだけだと思う。

「だって私人間ですし……遠慮します」

 私が瓶をさりげなく手で押し戻すと、先輩はあっさり瓶を引いて眺める。

「ホント薄めてもまずいから、味あわせてやりてー」
「でも、私もアトランティカ記念博物館に行くときとかアズール先輩の魔法薬何度か飲みましたよ。あれをずっとはしんどいですね」
「でしょでしょ。もっとオレをいたわってよぉー」

 そういいながら先輩は困り顔で瓶のコルクをのけると、片手で鼻をつまんで、勢いよく飲み干していく。恐らく200mlくらいはあると思われる液体を、何度も喉を鳴らしながら飲み込んでいった。顔を天上に向けたまま静止し、一滴も残っていないことを確認すると、鼻をつまんでいた手を放し、自分の唇を拭いながら首の角度を戻していく。先輩は顔をしかめながら大きくため息を吐いた。

「ハァ〜〜〜〜。アズール料理うまいんだから、薬の味もマシにしてくれたらいいのに。あーー気分悪ぃ」
「ずっと飲んでても慣れないんですね、やっぱり飲まないとまずいですか?」
「まあ陸で人魚に戻っちゃうから、息できなくなるよね」
「死活問題」

 衝撃の事実を知ってなんだかお腹いっぱいになった私は、薬のまずさでテンションの落ちたフロイド先輩にお礼を言って、自分の部屋へ戻った。他の2人もこんな感じなのだろうか。オクタヴィネル寮、奥が深い。

2020.10.01


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