目覚める


 木の葉が揺れるような音で私は目覚めた。青々とした木々や草花が横たわる私の身体を囲み、風に吹かれては穏やかに揺れているのが見える。頭上には大きな木が一本あって、私は長い間その木陰で眠っていたらしかった。身体には、寝起きのまどろみと不思議な浮遊感。目をこすろうとして手を顔に近づけると自分の肌色がやけに青白い気がした。寝起きの頭で、どうしてここにいるのかを思い出そうとする。まだ覚醒しきっていないのか記憶は曖昧で、もやがかかっている。直前の記憶はおろか、この場所ですら初めて訪れたように思える。私は理解が追い付かないままゆっくりと起き上がり、身体を前に進めて木陰から抜け出した。

 歩いているというよりは前にスライドしている、というほうが表現は正しい。二本の足を交互に進めているはずなのに、その感覚は全くと言っていいほどなかった。足元を見てみても、白いワンピースの裾で足が隠れていてわからない。足元へ手を伸ばすとワンピースの裾はふわっと揺れて、自分が進んでいたはずの地面には指の一本すら見えなかった。
 何か変な夢を見てしまっている、と思いながら草花の中を進んでいく。どこを見渡しても木ばかりが目立ち、覚えのある場所は特になく、そのうちにここが大きな山の頂であることに気づいて、山を下っていった。整備がほとんどされていないような山道を行くと開けた場所に辿りつき、見渡せる程度の広場と、一軒の古びた木製の小屋がある。私はその小屋でひとまず休んで状況を整理しようと近づいたときのこと。


「え、マジ……?」

 声が聞こえてその先を確かめるように見ると、小屋の向かいにある階段から、2人組の学生服を着た少年が私を見つめていた。

「で、でたーーゴーストだ!!」

 2人は叫び、そのまま階段から走り去っていった。叫び声と、恐怖におののく顔が山の中で木霊して私の視界に焼き付く。「出た」って、私のこと? それに、ゴーストって、それってまるで私が死んでいるみたいじゃない……。もう一度自分の身体を確認した。私は浮遊していて、足元は相変わらず感覚がない。そして身体の見える限りの場所は青白く、顔を触ると、人間としての輪郭は保っているがひんやりとしていた。
じゃあ私の名前は? なまえ。ああ、名前はわかる。どこのなまえ? ……今もなお、頭の中のもやは晴れない。ただ、今の自分は生きた人間からかけ離れているものだと自覚する。なぜこうなってしまったのかすらわからない。けれど今は、これ以上誰かにこの変わってしまった姿を見られたら参ってしまいそうだった。
 私は小屋の扉を開けて中へ入った。空気は埃っぽくて、随分前から放置されている家具たちが一室に揃えられていた。部屋の奥には黄ばんだシーツの敷かれたベッド、壁側には埃の被った二人掛けのソファが見える。私は嫌な夢から覚めるかもしれないというわずかな希望を持って、ソファへ進み、皮の埃をできるだけ払って寝転んだ。しばらくすると眠気がやってきたので、一度眠りについた。
 しかし、目覚めても状況は変わらない。その後も何度も眠りについてみたが、時間がすぎるばかりで状況は何も変わらなかった。私の顔や体は青白くて冷たく、胸に手を当てても心臓はぴくりとも動かない。それでも私は動いて、声を出して、生きている。
 私は、あの学生たちが言ったように、ゴーストになってしまったらしい。


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