それはもう、雷に打たれたような衝撃だった。こんな、度胸試しに学生が訪れるレベルの不気味な山に、素晴らしく素敵な人が現れたものだから。驚かないほうがおかしかった。彼の身長は、この前私に驚いて木に頭をぶつけた学生よりも20センチは高く、髪の色なんて私がもう何年? それくらいお目にかかっていない海の色みたいに光っていてきれい。瞳の色は珍しく左右で違っていて、左目がこの山から見えるまんまるお月様のような神秘的な色をしている。
彼はこの山頂に辿りついてから、そびえ立つ一本の大樹をただただ眺めていた。表情は非常に明るく、まさに「山を登りきりました」と顔が語っている。どうしてこんな、学生がグループで訪れては、叫び声か恐ろしい顔しか見せないようなところに来たのか……。昼間とは言え不用心過ぎない?
……いや、そもそも学生にそんな思いをさせてしまっているのは私だった。別に、驚かせたくてやっているわけじゃない。勝手に相手が驚いてしまうだけだ。私は自分の存在を知られたいわけではないし、隠れていたいのに。「度胸試し」に来た彼らはどうしても功績を持って帰ろうとする。例えば木を蹴ってみたり、ごみを捨ててみたりとやり方はさまざまで、ゴーストに何かしてやったというエピソードが欲しいようだった。そんな人に対しては、いたずらをすることもあったけど……。それは特に私が寝床として使っている小屋に忍び込もうとされたからだったし。だって誰だって無許可で自分の家に入られるのは気分がよくないはず。
でも彼は、今まで私が嫌というほど見てきた度胸試し目的の学生とは異なる、興味津々な様子であたりを見渡している。しかも、きちんと山中で整備されている階段は、私の寝床がある広場までしかないため、そこから山頂まで訪れる人もほとんどいなかった。学生間で知られている度胸試しのゴールは広場の小屋までがメジャーらしく、山頂へ行くには安定していない古い足場を使うしかなかったからだ。
きっと、こんな綺麗な男の人に驚かれてしまったら私は一生……ではない、ずっとずっと、トラウマになってしまうに違いない。この人には特に私の姿を見られたくない。私の存在を悟られてはいけない。そう思いながら、同時に彼のことが気になった。こんなところに一人ぼっちで何をしに来たのか理由が知りたい。私は、結局いけないとわかっていつつも、動き出した彼を追った。もちろん木の影に隠れながら。
彼は背中に籠を背負っていて、山中でたびたびその大きな身体を曲げて、地面を見ては何かを採っているようだった。私は、木のもう1本分だけ前に進んで観察してみた。そこで籠に入れていたのは……キノコ? キノコを、採りに来たの? そんなうっとり顔で?
それからはずっと彼を2、3本後ろの木に隠れながら観察してみたが、キノコをひたすら眺めては収穫することを繰り返している。私もずっとこの光景を見ているのはさすがに飽きるかと思っていたが、いろいろなキノコを見つけるたびに彼の表情がやわらいだり、真剣になったり、コロコロと変わるものだから結局退屈はしなかった。しかも私は、自分がこの山にずっといたはずなのに、こんなたくさんの種類のキノコがあるなんて知らなかった。私は食べられないけど、勉強になった。近いものほど、見えないものなのね。
あ。彼が満足げな顔をして、下山を始めてしまう。山から下りてしまったら、私はもう彼に会えないかもしれない。私は追いかけて、今まで目指すことのなかった山の麓を目指した。これ以上他の人と出会わないようにと、山を下ることをあきらめていたこともあり慣れておらず、ゴーストなのに時間がかかる。焦りながら進むけれど、彼との距離が離れてしまう。
麓までなんとか下りてこられた。ここまでくると整備された道も多く、人工的な風景が入り混じっている。ただ、この先を行っても、誰かに会ったら驚かれるに違いないと思い、彼を追うのをやめようと思った。遠ざかっていく彼の背中を見つめながら、せめて名前だけでも知ってみたかったと肩を落としたとき、彼がたまたま後ろを振り返った。私は予想できなかったため隠れることができないまま、彼に自分の姿を見られてしまった。終わった。心臓が止まりそう、止まっているけど……しかし、彼は私を見ても何も驚きもせず、こちらへ頭を軽く下げて立ち去っていった。
……今、私に挨拶をした? 今まで生きている人にそんな扱いをされたことなどなかった。私は反応することも出来ずに遠くなる彼を見ながら、私の身体は無意識に前へ進んでいった。距離を開けながら進んでいくと、彼は崖に囲まれた大きな建物が集合した場所に入っていった。私が近づくと大きな門には看板がかかっていて、……「ナイトレイブンカレッジ」? 学校みたい。彼や、私の山に遊びに来る人たちは、どうやらここの学生だったらしい。
ここに行けば、彼に日常的に会えるかもしれない、と心の声が聞こえる。でも、他の人間や未だに会ったことのない他のゴーストに会うかもしれない。不安よりも、好奇心のほうが勝っていたようで、私は止まることなくナイトレイブンカレッジの正門をすり抜けた。
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