翌朝、なまえは目覚めると、さっそく50,000マドルのヘアアイロンを使ってヘアセットをした。セットが終わり鏡を眺めると、確かにその髪の毛は普段よりも艶が増していた。
「トゥルトゥルしてる……!」
「この毛並みの輝き……さすがは50,000マドルなんだゾ……」
グリムは後ろから近づいてき、感心しながらしきりになまえの髪の毛に両腕を通して遊んでいる。髪型が崩れそうなところでなまえはグリムの胴体を掴んで下へよけて、授業の支度を始めた。高額商品を買ってしまったとはいえ、良い買い物とは思えるほどのクオリティに、なまえのテンションは向上している。
朝のホームルームにて、エースとデュースといつものように挨拶をすると、2人もやはりなまえの髪の毛を見て感嘆の声をもらした。
「すっげ……これが50,000マドルの髪の毛か」
「すごいな……もとがよくないわけじゃないが、こんなに変わるなんてな……50,000マドル」
「ホントに50,000マドルの力はすごいんだゾ」
「さっきから50,000マドルってうるさいよ!」
「うるさいぞそこの仔犬ども。……確かに今日のなまえの毛並みは艶やかだが、集中しろ」
なまえはあまりにも3人から金額面のことでいじられ続けたため声を上げてしまった。しかしファッションなどに造詣も深い彼女たちの担任ですらも、なまえの髪の毛を褒めるので、なまえは心の中でむしろ恥ずかしく思い始めていた。
ホームルームも終わり、午前中の共通授業をいつものようにそのまま教室で過ごしていく。昼食前の授業は選択式だったため、移動の必要があった。
「あ、私お手洗い行ってくるから、3人とも先に行ってて」
「おっけー」
男子校の学園内では、女性用の手洗いはほどんどなかったため、なまえは授業が終わるや否や、エースたちに声掛けだけして移動を始める。歩きなれた廊下を足早に行き、校舎の端にある共用トイレに入っていく。用を足し終わると、なまえはまた長い廊下を歩きだし、教室へと向かった。次の授業は評価基準が甘めで他の生徒の受講率も高く、席の争奪戦も行われている。3人が自身の席をキープしてくれていたらいいな、とわずかな希望を抱きながらなまえは歩を進めた。教室へ入ると、開始前の室内は騒がしく、やはり席はほとんど埋まってしまっていた。なまえは教室内の席全体を見渡し、窓際の席にグリムたちを見つけたが、3人の両側の席も他の生徒が座ってしまっている。なまえは諦めずに空いている席を探していた。すると、黒板近くの席にジェイドの姿が見える。彼はなまえに気が付くと微笑みかけ、手招きをして右隣の空席に彼女を案内した。なまえは一礼して、空席に腰を掛ける。
「ジェイド先輩。ありがとうございます」
「いえ。この授業は人気ですからね」
「席が空いていて奇跡みたいです。ふぅ」
なまえが一息つくと、ジェイドの視線を感じて、彼の方を見やった。彼はなまえの髪の毛を眺めていた。
「今日のなまえさんは、オワンクラゲのように光って見えますね」
「そ、そうですか!?」
「ええ」
なまえは「オワンクラゲ」を知らないために、ジェイドから髪の毛を褒められたのか褒められていないのかよくわからなくなった。それでも興味深く自身の髪の毛を見つめられてしまい、なまえは照れ臭くなってしまい目を合わせられなくなる。そのままチャイムが鳴り、授業が始まった。なまえは配布されたプリントをジェイドから受け取り、さらに右隣の生徒に渡す。その際に窓際の3人を軽く睨みつけた。「先生から見えにくい位置に座りやがって」という視線に気づき、3人は申し訳なさそうに眉を下げていた。
評価基準がガバガバとは言え、実験やグループワークなどもないような座学中心の授業内容に、教室内は黒板に擦れるチョークの音と教師の声がこだまするばかりであった。その静けさから眠気を誘発される生徒も多く、教室内の3分の1もの生徒が午前中の授業でありながらも舟をこいでいた。なまえは眠気に負けないようにノートをとりつつ、周りが気になって見渡すと、案の定グリムが眠っていたため、なおさら自分が授業に集中せねばと姿勢を正す。
しかし、なまえのそんな気合いも長くは続かなかった。なぜなら昼食前の授業、彼女は空腹のあまりお腹が鳴りそうになり、集中力が途切れつつあった。それでもなまえは、顔見知りの先輩であるジェイドの隣で醜態を晒すわけにはいくまいと必死にノートを取り続ける。奥歯をかみしめながら、今にも動き出しそうな臓器を腹筋に力を入れて圧迫していく。ふと、なまえがちらりと横目でジェイドを見やると、彼は澄んだ瞳で黒板の字を追いつつ、教師の声に耳を傾けて集中している。なまえはすぐさま視線を黒板側へ戻し、腹部に力を入れたまま背筋を伸ばした。
しかし、あっけなくお腹の音がぐぅぅ……と鳴り響いた。いつもであれば隣にいるグリムのせいだと責任を押し付けて、エースやデュースに対して誤魔化していたのだが、もはやなまえが押し付けられる人も誤魔化せる対象も周りには存在しない。なまえは羞恥心のあまり自身の頬が熱を帯びていくのを感じ、同時に左側から視線を感じた。ゆっくり顔を向けると、ジェイドがなまえを見て、少し口角を上げて微笑んでいた。「あらあら」と言いたげだ。なまえは舟をこいでいる学生のようにがっくりと項垂れた。
授業が終わり、生徒たちが立ち上がり始める。
「お腹がすいてしまいましたね」
「はい……」
「僕もすぐお腹がすいてしまうのでお気持ちお察しします」
「はい……」
中途半端に知り合いになってしまった人に恥ずかしいところを見られてしまった、という羞恥心がなまえの心を占めていた。
「この後、食堂に行きますがご一緒しませんか」
ジェイドが唐突になまえを昼食に誘ったため、なまえはきょとんとしていると、「昨日ご案内できなかったアルバイトの詳細などもお話しできるかもしれません」と、ジェイドが付け足したため、なまえはアルバイトの話だと理解した瞬間大きく首を上下に振っていた。そうしているとグリムやエース、デュースがいつものように食事を共にしようと話しかけてきたため、なまえは事情を話す。すると3人とも「よかったじゃねぇか」と全力でなまえを後押しした。なまえは道具を急いでしまうと、ジェイドについて大食堂に向かった。
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