なまえは学園を訪れて以来、最大級の危険を感じていた。お金がない。お金がないのである。学園長からは、食費を含めた生活費は保証されていたが、とある理由で明らかに足りていなかった。しかし、学園長に事情がばれてしまってもいけない。これは自分でお金を稼がなければ……と、アルバイトを趣味としているラギーから助言を求めたこともある。しかし、彼が日ごろかけもちをしてまでこなしている仕事はほとんどが体力ありきの力仕事。現状、勉学から寮の世話、そして学園長からの予期せぬ頼まれごとをこなしている女学生のなまえからすると、アルバイトに力を入れすぎると学園生活が破綻しかねないので、ラギーのような働き方は正直難しかった。「それならモストロ・ラウンジで働けばいいんじゃないっスか? 募集中だし、学園内だから通いやすくって結構よかったっスよ」と言われ、なまえは合点の行くというよりは肯定しきれない複雑な表情を浮かべた……。
モストロ・ラウンジ。オクタヴィネル寮のアズールたちが始めたらしいカフェであり、学園内でもその店の名を知らないものはいないほどの知名度を誇っている。アルバイト募集は常にしていて、なまえがその情報を見逃すわけはなかった。リップトーク並みにアズールをはじめとするオクタヴィネル三人衆から勧誘を受けたことも確かだ。しかも、少し前まで頭にイソギンチャクの引っ付いたグリムやエース、デュースたちを筆頭とした生徒たちを助けるまでの過程で、店の手伝いも経験済みである。……ただ若干、ブラックだったような記憶があった。特に契約違反したグリムたちはへとへとだった印象がある。常にアルバイトを募集しているという現状も怪しさを一層増していた。なまえは、一度始めたことはすぐには辞めたくない質であった。金銭の問題は一刻を争うが、特にアルバイトなど、自分が生きていく環境で何かを始める際はしっかり検討したいのである。
なまえはここ数日ずっと、マジカメのモストロ・ラウンジ公式アカウントが投稿した「アルバイト募集」ページを、1日に5回以上眺めながらそんなことを考えている。オンボロ寮のベッドに寝転がるなまえの手には、先日学園長より買い与えられたスマホに映る「アルバイト募集」の文字と、ポイントが貯まりつつあるモストロ・ラウンジのカード。試験後に起きたアズールの「バーサーカー事件」から、主にグリムが高価格帯のフードをたくさん注文したおかげで着実にスタンプが埋まろうとしている。これを貯めて、アズールに見せれば願いを一つ叶えてくれるという……。なまえはポイントが貯まったらグリムに譲ることを考えてはいたが、何かの手段として、これはきちんと置いておこうと考えなおした。
「ふぁぁ〜あ。なまえ、もう夜遅いんだゾ。オレ様はもう寝るからなーー」
なまえが気づいたころには、悩み始めて1時間以上は経っていたようだった。グリムも宿題を終えたのか、眠りに着こうとしている。ひょこひょこと床を眠たげに歩いて、自身の寝床へと向かう。そこへまさに猫のように丸くなると数分後、寝息が聞こえた。なまえも、勉強と苦労疲れからくる眠気に襲われ、スマホとカードを握りしめながらうつ伏せで眠りにつき始めていた。その夜、彼女は学園長から周りの荷物を取り上げられ、支援を受けられなくなるという悪夢を見たという……。
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