「えっ、私が乗るんですか」
魔法の使えないなまえは、飛行術の授業中は最初の走り込みや筋トレなど魔法を使わない運動のみ行い、あとの実践になるとグリムを横から応援するような立場になることがほとんどだった。プールで、何らかの事情で泳げない生徒が他生徒をぼんやりと眺めているような、あの感じである。ただ、今日のバルガス先生は珍しくなまえに目を向けたと思えば、気を使っているのかただの思い付きとも捉えられる指導をした。
「そうだ。お前が箒に乗ってそれをグリムが浮かせるんだ。なまえも空を飛ぶときに使う筋肉の躍動を味わってみないとな!」
「クセになるなよ〜〜」となまえの横を機嫌よさそうに去っていくバルガス。なまえとグリムは見開いた目をお互いに合わせていた。これはこれで、互いで一人の生徒として扱われるなまえとグリムとしてはステップアップといえるだろうか……。二人はオンボロ寮で寝食を共にする仲ではあったが、なまえが自分の身の安全をゆだねるには、猫型の魔物はなんとも心もとなかった。しかし、これを非常に肯定的に捉えたグリムが想像以上に目を輝かせてなまえが頷くのを待っている。「面白そうなんだゾ。これはオレ様が偉大な大魔法士になるための特別な試練……やるしかないんだゾ」と言いたそうである。彼は、「強くなる」「偉大な大魔法士になる」といった要素に非常に弱く、彼が目標をぶれずに持っていることもあり、今回もきっとブレない。そして、なまえにとってもこれはきっと見せ場になる。周りの生徒にも状況が伝わり、「大丈夫なのか」と同情する反応も少なくはないが、ここは私が体を張って、グリムにいい思いをさせてあげなくちゃ、となまえはやる気になった。
「よし、なまえ……オレ様を信じろ!」
少し前、魔法の絨毯になまえとグリムを乗せてくれた誰かさんの受け売りをしつつ、グリムは自身の魔力に集中した。「ふな゛〜〜」と声が聞こえたので、なまえは箒を握りしめ、踏ん張ってみる。両手は緊張で汗ばみ心臓もはねたが、なまえの周りは不思議な力というもので満ちる感覚があった。瞬きをして、あたりを見回した時には70cmくらい浮いており、グリムが少し小さく見えた。
「グリム……すごい! 私、飛べてるよ」
「ふなぁああっ! やっぱりオレ様の力はすごいんだゾーー!」
不安がっていた周りの生徒たちも、なまえを眺めて安堵する。魔法の絨毯を乗り回したなまえにとっては、空を浮くのは少し慣れていたようで、その心地よさに「クセになりそう」という思考もちらりと現れた。バルガスも「いいぞ二人とも! このまま2mまで上昇するんだ。なまえはもっと背筋を伸ばせ」と笑顔で二人を褒めているので、なまえは少し胸を張って口元が緩む。
指導の通りグリムは「ふなぁあっ」とさらに力を込め、なまえは上昇した。安定したところで、改めて周りを見渡す。いつも他生徒の個性的な飛び方を観察するのももちろん好きであったが、上空から眺めるのも悪くなかった。
「あれ」
「ジェイド先輩がいる」、となまえは小さく呟いた。それもそのはず、今までなまえはジェイドの存在に気付かなかった。……違和感が強い。あの高身長で、どちらかと言えば浮いた存在に近いようなリーチ兄弟の片割れ、なぜこの中で生徒たちの端にいても存在感の薄くはない彼に気づかなかったのか、なまえはわからなかった。ちなみにフロイドと飛行術の授業が一緒になったときは、すぐにわかる。本当に彼なのかを確かめるために、なまえはジェイドを凝視した。彼は地面とにらめっこ状態で、集中しているように見える。足をきちんとおろせば地面に届くくらいの高さをぬるっと飛行している。なんとなく既視感があった。アズールの飛行を見たことがあるがそれに近い。「あ、なんでもできそうなジェイド先輩も、こういうかわいいところあるんだ……」、なまえは余裕からそんなことも考えていた。ジェイドは慎重に箒から足をおろしてほっとした表情を浮かべ、上空にいるなまえへ視線を向けた。2人の目が合った。
「あっ」
「ふなっなまえ!」
「うわぁぁっ」
なまえが動揺してしまったことで、箒の上でのバランスが崩れ、ある程度の高さまでグリムがブレーキをかけていたものの、とうとうグリムも支えきれなくなった。そのままドスンと大きな音を立ててなまえは落下した。それと同時にチャイムが鳴り、授業が終わった。
「なまえ! もっと鍛えないとな、ハハハ。保健室に寄ってから次の授業に行くんだぞ」
授業終わりの全体指導の後、バルガスから声をかけられ、なまえはうなだれた。運動着のおかげで、打ち身で済んだが左腕を少しすりむいている。それよりも自分の不注意だったのに、グリムが自分のせいだったのでは、と謝られたことのほうがダメージは強い。
「次は私が集中しなきゃだね!」と笑うと、グリムもいつもの調子に戻って「そうだゾ、お前がしっかりしてないと、オレ様の魔力の素晴らしさが他のヤツらに伝わらないからな!」と上機嫌に戻ってなまえも一安心した。しかしなまえは心の内で、ジェイドを観察していたことがばれてしまったことへの気まずさが拭えない。グリムに一足先に次の教室へと向かってもらい、なまえのみ保健室に向かうことにした。痛む傷口をティッシュで軽く血を押さえながら廊下を歩いていると、後ろから落ち着いたよく体に響く声が聞こえた。
「なまえさん」
後ろを振り返り見上げると、ジェイドがいた。先ほどの飛行術の授業とは違っていつものペースと見受けられる。
「先ほど箒から落ちてしまったのを見ましたが、大丈夫でしたか?」
八の字に眉毛を寄せて、煽っているのか心配しているのかわからない表情だ。
「だ、大丈夫ですよ、かすり傷でしたし……。すみません、まさかジェイド先輩が同じ授業を受けられてるって思わなかったのでつい……」
「広い運動場での授業ですからね。僕は特に目立つ生徒でもありませんし……空からですと、きっといろんな人の動きが見渡せるのでしょうね」
「視野が広がった感覚で、面白かったです」
「それは楽しそうですね。僕は飛行術が苦手で……海水を蹴るか、地面を踏みしめるほうが実感もあって、安心するんです」
「水陸対応しているだけですごいですよ。ただ、私が言える立場ではないですが……意外です」
「ふふ、意外ですか。先輩らしい姿がお見せできず、お恥ずかしい」
「……これくらい弱点があったほうが、愛嬌があってモテる気がしますよ」
緊張から無駄なことをしゃべってしまっていた気はするが、なんとか会話は成立している。
「弱点、ですか」
ジェイドはまた困り眉でふふ、と笑うと、「僕はこちらで」と次の授業へ向かっていった。どうやら保健室までの道中が一緒だったらしい。なまえは、少し前までオクタヴィネル寮の人たちとも話していたような気はするが、一対一で話すことはほとんどなかったように思える。普段からグリムや、エースやデュースの3人と一緒にいたことのほうが多かったこともあり、なまえは落ち着かない気持ちになった。
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