ホームルームが終わると、誰よりも先に廊下の掲示板へ向かう。先ほど返却された新入生向けテストの結果は好調だった。あとは、成績優秀者として私の名前が掲示されているかを確認しないといけなかった。足早に廊下を進んでいくと、掲示板の前には人だかりができている。私は生徒をよけながら貼りだされた紙が見える位置までたどり着き、自分の名前を探した。その様子を見ていた他生徒に話しかけられる。
「君の名前乗ってるよ。ほら、ここ」
「! ありがとうございます……」
その生徒が指さす先に、私の名前が確かにあった。きちんと学年10位以内に入っている。……よかった。スラックスのポケットからスマホを取り出し、自分の名前と順位がわかるように写真を撮った。
「写真に撮るって、そんなに嬉しいか? 面白いな君」
「そ、そうですか?」
「まあナイトレイブンカレッジの女子ってだけで珍しいからさ」
「まあ、そうですね……」
「珍しいから気になってたんだよ君のこと。オクタヴィネルの生徒だったよね。なんでこの学園に?」
ここにいる限り逃れられない質問。私は生憎きちんとした答えを持ち合わせていなかった。向けられる好奇の視線に、私は身体ごと後ろに引いていく。
「私、急いでいるので、すみません」
「ああ、ごめん引き留めて……」
時間の経過とともに、さらに大きくなった生徒たちの群れから抜け出して、教室へ戻る。
自分の席へ着いたら、まずメッセージアプリを開く。母親とのトークルームを開き、先ほどの掲示板の写真を送った。すると数秒後に、授業開始を告げる鐘が鳴った。私は深呼吸をしてノートを開いた。先生の話に聞き漏らしがないように集中する。勉強はすればするほど成績というかたちが表れて自分がきちんとしていることの証明になる。だから好き。
新入生向けの授業では、ガイダンスも多く含まれる。生徒に配布されたマジカルペンの魔法石について、魔法を使うことによる人体への影響について、ブロットの許容量を超えたら起きるオーバーブロットについて。そして、私たちのような精神や身体の未発達な学生が、魔法を正しく操る力を持ち合わせていないということがどう危険なのかということを先生たちは懸命に私たちに伝える。特にユニーク魔法を持つ者、また今後手に入れる者もその使用は十分に気をつけなさいと。
特に今年はこの指導に力が入っているらしい。これはクラスメイトの噂話を小耳にはさんだのだが、近ごろオーバーブロットを起こした者が2人もいたとか。稀にしか起こらない事態を未然に防ぐために、指導者側も口を酸っぱくするしかない。実際にこの指導はすでに耳にタコができるくらい聞いている。生徒たちもそのような反応を気だるげな態度で示す。
授業が終わりスマホを確認すると、メッセージが1件来ていた。親かもしれないとすぐに開いてみると、モストロ・ラウンジで働く生徒からだった。
『突然ごめん。今日補習があったのにシフト入れちゃってたから代わり探してるんだ。なまえさん変わってもらえる?』
今日はシフト入っていないから授業の復習か、運がよければ……と考えていたけれど、これも人助けだと思って了承した。なんだか断りにくかったし。
『いいですよ』
『ありがとう! また今度お礼させて』
他生徒との交流と言えば、このような業務連絡が多い。私はシフトを望んで多く入れていたから最近研修中のレッテルが剥がれた頃ではある。しかし私で代わりが務まるのか不安に思いながら先日撮ったシフトの一覧表を眺めてみる。……あの人の名前は無かった。残念。
「なまえさんっ。成績すっごいよかったな! 今度教えてくれよ」
スマホを見ていると、近くの生徒から話しかけられた。この生徒は少し距離感が近くていつもびっくりする。
「ありがとう。でも教えるのあまり得意じゃなくて……」
「この前の発表も丁寧だったし上手そうに見えるけどな〜。そういえば今日もユニーク魔法の話あったじゃんか。なまえさんて、ユニーク魔法持ってる?」
心臓が縮みあがる。
「や、ないですよ! まだまだ未熟、だし」
「意外だな。いや、この前魔力量の強さとか先生から褒められてたじゃん。優秀な生徒って入学前から完成させてたりするって聞いたことあるし、自分にしか使えない魔法ってかっこいいよなー」
「そうだね……」
無邪気な声に息苦しさを感じていると、廊下にいた生徒たちが急にざわつきだした。その声は驚きと、畏怖が混じったようなものだったから、私も隣にいる生徒も気になって廊下へ視線を向ける。
「……ジェイド先輩」
ジェイド先輩だ。ジェイド先輩が、私の教室の廊下へ、来ている! 先輩は私と目が合うと、にっこり笑顔を浮かべて私を手招きした。生徒からの視線が私に集まるのがつらいけど、それよりも今日会えると思っていなかった人に会えた喜びの方が格別だ。私はそのまま教室の窓まで近寄る。窓から身を乗り出すようにして、高いところにある先輩の顔を見上げた。先輩の微笑みが私に降りかかる。
「おはようございます。なまえさん」
「おはようございます。ジェイド先輩」
私がジェイド先輩の名前を呼ぶと、生徒たちは少しずつ注目をそらし始める。たぶん、兄弟のフロイド先輩かもしれないと思っていたのだろう。
「今日もお元気そうで何よりです。成績優秀者として名前が挙がっていましたね。おめでとうございます」
「先輩、知ってたんですか? ありがとうございます」
「もちろん。貴方の努力が報われていることを確認したくて。嬉しくてそのまま会いに来てしまいました」
今回は新入生向けの試験だったため、ジェイド先輩まで結果を見ていないだろうと思っていた。まさか、先輩が私のことを気にかけてくれているなんて。
「記述問題の対策ができたのは、ジェイド先輩が教えてくださったからです。おかげさまで、高得点です! ありがとうございます」
「それはそれは、お役に立てて光栄です。実は放課後、貴方にお願いしたいことがあるのですが」
「あ……」
私はよく、先輩の手伝いを名乗り出ていた。それは入学してからずっとジェイド先輩が私の生活のサポートをすべて引き受けてもらっているからそのお礼のつもりだった。先輩も私を役立つと思ってもらえたのか、最近はこうして頼んでもらえることも多い。今日はこれ狙いだったのに。
「先約がありましたか?」
先輩の眉が、少しだけ内側に寄った。慌てて私は事情を話す。
「あの、今日実はラウンジのシフトを交代したんです」
「……ああ。本当ですね。その方からメッセージが来ました。残念です」
「今日は店開けからなので……明日だったら19時入りなんですけど……」
「急ぎではないので明日でも構いません。お時間はとらせませんので。勿論、貴方がよければですが……」
「それは大丈夫です!」
そういうと、ジェイド先輩の表情はまた穏やかなほほえみに戻る。
「では明日、よろしくお願いします」
先輩が廊下から消えるまで見送ると、スマホの画面を見た。母親から返信が来ていた
『よく頑張りました。次も期待しています』
私は胸をなでおろす。上手くいっている。私は機嫌よく席に戻って、距離感の近い生徒と会話をしながら時間が経つのを待った。初めてここを訪れた時、最後の砦と思いながらも、鬱蒼とした学園の外観は監獄のようだった。しかし、そんな中で見つけた楽園。ジェイド先輩と共にいられる時間こそが私にとっての楽園だった。この場所をきちんと守って着実に歩むことさえできればきっと完璧だ。いい感じだ。
… →
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