頭は真っ白


「僕たち、お付き合いすることになりました」


 ジェイド先輩からVIPルームへ呼び出された。間もなく始まるハロウィーンウィークでの私の扱いについて話があると聞いていたはずが、隣のジェイド先輩が口を開いたかと思えば聞こえた言葉はこれだった。向かいの席に座っているアズール先輩とフロイド先輩は、驚きを隠せない表情。フロイド先輩に至っては組まれた脚がキュッと締まって、少し胴体が後ろに傾く。引いていた。

「え、展開早すぎじゃね?」
「勢いというものも大事かと」
「ジェイド……貴方のプライベートに口を挟む気はありませんが、やけに突然ですね」

 2人はじろじろと私を見てくる。それもそうだ。今まで普通の先輩後輩だったのだから予想もしていなかったと言いたげな表情だ。怪しまれるに違いない。私は視線を下に向けたまま、何も突っ込まれませんように……と祈ることしかできなかった。フロイド先輩はくぐもった声を上げながら、この空気を遮り始める。

「……まー最近ジェイドの様子おかしかったし?」
「……そうですね。ジェイドらしくない行動が見られて気がかりでした。誰かに操られているのか、はたまたそう振舞うことにハマっているのかと思っていましたが、恋愛絡みだったとは」

 「操られている」という言葉に心臓が締め付けられる。身体が冷たくなっていく。でも3人は普段通りの会話をしているように見えなくもない。視線をそらしたまま、耳を澄ますと隣からジェイド先輩の言葉が飛んだ。

「やめませんか」
「いやだって、部屋でもぼーっとしてること多かったし、宿題の邪魔してやろうと思ったらノートに似顔絵描いてるし……」
「フロイド」
「ジェイドにもそんなかわいらしい……いえ、面白い……いや、素敵な趣味があるとは」
「アズール」

 コミカルに繰り広げられる会話と、私の心と体がまるで追いつかない。少なくともアズール先輩もフロイド先輩も、私を怪しんではいない? まるで信用ならない状況の中で、私は少しでもジェイド先輩の意外な……と言っても魔法からくる症状としか思えないそれを、想像してもどかしさを覚えた。

「ジェイドが選んだんならいーけど。2人ともお幸せにぃ」

 フロイド先輩は私をのぞき込むような視線で、祝いの言葉を述べた。

「あ、ありがとうございます……」

 もじもじとしていると、アズール先輩はコホンと咳ばらいをして仕切り直しをはかる。

「ではジェイドの話もいいでしょう。今回学園長からのお達しですが、男子校であるナイトレイブンカレッジで女生徒が明らかメディア露出すると危ないとのことです。貴方には申し訳ないのですが、ラウンジの手伝いを中心にお願いできないでしょうか」
「わかりました」
「雌ってだけでこんなにめんどくせえの?」
「いろいろと、不自由させてしまいますね」
「あ……理由はわかりますから、大丈夫です」

 学園長からとは言うが、両親からの指示に違いなかった。なるべく私を、問題が起きない方向へ導くために。ナイトレイブンカレッジのハロウィーンウィークは、この島の人間だけでなく、島の外からも客人が訪れると聞く。この学園は先日のマジフト大会と同様、名門校であるが故に注目されることが多い。マジフト大会は運動が得意な生徒が中心で、裏方として目立たずに済んだ。しかし今回はラウンジの手伝いとはいえ、店への動員が増える機会をアズール先輩が逃すわけはない。外から来たお客様の中に私を知っている人が紛れていたらと考えると、周りの先輩たちの何か話している声が耳から抜けていくようになった。会話をしている、話が進んでいるということはわかるのに、どんな内容なのかわからない。


「……なまえさん。聞いていましたか」
「あ、はい……」
「アズール。コイツたぶん聞いてなかったよ」
「すみません」

 フロイド先輩の鋭い指摘に、咄嗟に返事をしてしまったことを悔やむ。

「そんな気はしていました。病み上がりでしょうに難しい話をしてすみません。普段貴方はホール担当ですが、ハロウィーンウィークの間はキッチンで働いていただいた方がより安全かとお話していたんです」
「も、もちろんその方がありがたいです。それで構いません」


 先輩たちの考える対策にも、文句はなかった。それから学生らしくイベントを楽しませてやれないことを詫びられたが、私自身が安全なところにいられるよう対処してもらえたことの方がありがたい。入学したとき、スケジュール帳に休暇やイベントを書きだしたときから、まともにイベントを楽しむことは諦めていた。諦めたうえで勉学と仕事をとった。それだけだし。与えられたことを一生懸命努めて、それに楽しみを見いだせたらいい。私は3人に向けて、懸命に笑って見せた。本当にこの場所は窮屈で窮屈で、私のやりたいことすら見えないくらい縛られている。


 アズール先輩やフロイド先輩の前で私たちの交際を知られてしまってからは、一層彼女らしさを求められた。この行為自体は全く嫌いなわけではないし、むしろ私が憧れてやまないもの。ただ、後ろめたさだけが私の心に巣を作り、重たいものを育てている。ジェイド先輩といるときが一番解放されていたはずだったのに、先輩といるときですら私は羽を伸ばす暇もない。
 ジェイド先輩は、準備期間中は特に会計として忙しさを増していた。与えられた予算内で寮の設えや仮装を調達したり、他寮の報告書をくまなくチェックしたり、細かな仕事が相変わらず詰まっている。しかしその表情はいきいきとしていて、私と2人の時間を過ごすときは仕事を持って帰らなかった。これほどの仕事量をこなしながら私のために時間を捻出している見えない努力が、私の心をぐっと縛り上げる。ミーティングの間など会えない時間は、私は他の寮生と一緒に魔法薬学室の飾りつけを行った。ジェイド先輩たちのいない環境で、作業に没頭する。周りの生徒は興味本位ではあるが私に話しかけてくれて、少し気が紛れた。でも世間話は出身の土地の話になることも多く、私はどこかそれを避けるように、詳細を省くように距離をとってしまう。こうして距離をとってしまうことが、友達ができない原因なのかもしれない。ただ、自分の過去や痛いところを晒してしまうことへの恐ろしさが強かった。



 本番が迫ってきたころ、私はジェイド先輩の部屋に呼び出された。放課後に充てられた準備時間が終わり、魔法薬学室から戻るころには日も落ちかけていた。この頃になるとときたまひんやりとした風が吹いて、身体がぶるりと反応する。足早に自寮へ戻り荷物だけ自室へ置くと、そのままジェイド先輩の部屋に向かった。

コンコンコン

 扉をノックすると、何も物音がしない。

「ジェイド先輩?」

 声をかけても静まり返った部屋の中からは応答もなく、先輩は外出しているのかもしれない。踵を返して自室に戻ろうとすると、ぎぃ……と後ろから扉のあく音がした。振り返るとジェイド先輩の扉がうっすらと開いていて、その隙間からは何も見えず、灯りすらついていない。

「え……?」
 恐る恐る近づいて、扉のノブに手をかける。

「しつれいします……」

 そのまま扉を開けて暗い室内へ歩を進めたときだった。

「トリックオアトリート」
「わっ!!!!」
「おっと」

 後ろから囁かれて、私は驚きのあまり身を屈めようとしたがバランスを崩してしまった。それを大きい腕に持ち上げられて、立ち直った。そのまま背後から抱きしめられて、頭の上から声が聞こえる。

「すみません。思いのほか驚かせてしまいました。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……」

 心臓がまた、大きく動いたのがわかった。驚きのあまり喉が強く締まったため、私は動けないまま、深呼吸を繰り返して落ち着かせた。普段よりも落ち着くのが早かったのは、先輩が私を優しく抱きしめて支えていたからだった。

「もう、いいですよ……」
「失礼。では電気をつけますね」

 背後の大きなぬくもりが離れて、背中が冷え始める。ジェイド先輩はそのまま部屋の電気をつけて、扉を閉めた。部屋が明るくなって、ジェイド先輩の姿が見える。

「あ、それは」
「これは今日届いたハロウィーンの衣装です。貴方に最初に見てほしくて」

 白い包帯状の布が所々にあしらわれたストライプのシャツが複数のベルトに締め付けられていて、胸元から見える黒のインナーも、複数の留め具がつけられている。業者に発注したという、マミーを模したデザインの衣装。遊び心が多く見られつつオクタヴィネルらしい気品のある装いに見惚れていると、ジェイド先輩は恥ずかしそうに顔を少し逸らした。

「見せたかったのは本心ですが……ここまで見つめられてしまうと、恥ずかしいですね」
「すみません」
「でも、やっと僕をきちんと見てくれました」
「……」
「時間がとれなくてすみません」

 ジェイド先輩は机に帽子を置くと、私に近づき背中に腕を回される。先輩の身体が私の上半身に密着して、おろしたてのシャツの無機質なにおいに包まれる。

「ずっとこうしてみたかったんです」

 表情は見えないものの、密着した私の頭の少し上から、鼓動を感じる。抱きしめられたのは初めてだった。彼女らしく振舞うことを努めてはいたものの、密接なかかわりをされようとすると避けてしまっていた。この好意が私のせいで生じた偽物であるという後ろめたさと、この温もりを手に入れてしまうことを恐れていた。しかし、いざこうなってしまうと、抜け出したくないような気持ちにもなる。本当は魔法なんてかかっていないんじゃないか? と思ってしまうくらいに先輩の好意が気持ちよかった。そして先輩も、魔法の効果なのかはわからないが、もはや私がかけた魔法について尋ねてくることは無い。私はゆっくりと先輩の背中に両腕を回して、肋骨あたりに頬ずりをする。私が先輩をひとりじめできている。誰にも本当のことを知られないまま……このまま過ごして、私が先輩を振ってしまえばいいんじゃないか? 付き合ってその上で別れてしまえば周りから見たらただ恋人同士が別れただけだと思って、ジェイド先輩に好意が残っていても、いずれ魔法が解けたときに違和感なく終えられるのではないか。名案、かもしれない。

「私も、こうしてみたかったです」
「! ……ああ」

 先輩の私を抱きしめる力が一層強くなった。無機質なにおいで肺が満たされる。それを受け止めて、また吐き出していく。

「せっかくの衣装が皺になっちゃいますね」
「そうですね。僕としたことが」

 身体が離れていく。なんだか頭だけ熱かった。


-9-


 

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