5.暖簾に腕押し糠に釘



「すいませんでした」

「すいませんで済んだら警察はいらんのよ。あっきーに殴られた?ああそう。頬腫らして謝っときゃ許されるとでも思ってんの?まさかそんなことないよね。それにあんた財部だけじゃなくて竹下さんにまで迷惑かけてるそうじゃない。あっきーにもよね。そこんとこどうなのよ」

「えっと、…さつき?」
さつきの弾丸トークに秋山は困惑気に名前を呼んだ。 ピー もぐ発言は本当に記憶からデリートされたらしい。

「秋山さん巻き込んでごめんなさい。助けて貰ってありがとうございました」
「いや…こちらこそ済まない。気を付けていたのにこんなことになってしまって」
そのまま頭を下げてしまいそうな秋山を慌てて止めた。
「あのね、財部から聞いたの。本当にありがとう」
秋山と広瀬が戻ってくる前に、さつきは財部から秋山の影の尽力を聞かされていたのだった。
(留学の準備で忙しい筈なのに)
そう思うと表情も曇る。

「おい、迷惑とかじゃないからな。出ていくなんて言うなよ?」
「…あー…今更行く所もないしね」
先手を打つように釘を刺した秋山にさつきが微笑って肯首すると、その場にいた人間がホッと息を吐いた、のだが。

「あ〜よかった」

元凶の呑気な声に重い静寂が部屋を覆った。空気が読め無さ過ぎる。
「ちょっと…信じられないんですけど…」
こうなったのは誰のせいだと震えるさつきを横目に、
「っアホか!」
「痛っ」
秋山の正拳がゴッと広瀬の額に決まる。脳が揺れそうな音がした。
財部は口を挟むことなくその様子を見つめている。目の前の秋山に自分を重ねているのが瞭然で眼差しが非常に生暖かい。
さつきはそこに諦めの色を見つけてしまった。要するに目が死んでいる。
(き、気の毒すぎる…)
今までどれだけ巻き込まれて来たのかこれだけでわかりそうなものだ。

「もういいよ」
「え?」
「お前それでいいのか」
「ん〜…まあ結局未遂だったし…うん。いーよ」
ふたりの顔色は曇ったがひとりだけは晴れ晴れとしている。さつきはそれに内心ムカッとしながらにっこりと笑った。
「ひとつだけ、約束してくれたらね」



「二度とあんなふうに手を出さないこと」

「…さつきにか?」という財部の問いにさつきは首を左右した。
「いや、『女に』、だよ」
げ、という声が聞こえたが無視だ無視。
さつきだけに限定してしまうといつまで経っても周囲の気苦労は減らないだろう。こんな口約束で拘束できるとは思わないが、僅かの間でも財部たちの負担が減ればいい。

「広瀬さんさぁ…あの手で今までどれだけの女の子食ってきたの?拒否された事だってあったでしょ。なかったとは言わせないよ。何?なし崩しにコトに及んであんあん言わせれば万事解決だった?」

わお。直截なもの言いに男三人がドン引きした。
「……さつき、女があまりそういうことを言うもんじゃ…」
秋山が注意したもののさつきはすっぱりと言い切る。

「いやいや。こういうことははっきりさせとかないと。で、嫌がる子には『嫌よ嫌よも好きの内』とか言って私と同じように上手い具合に服脱がして体触ったり胸揉んだりして訳分からなくして美味しく頂いてたんでしょ」

何か衝撃的な事が聞こえたが、さつきがいい笑顔なので突っ込めない。

「それはダメだよ。お互い納得と合意の上でないと。………アレ?返事は?」
「「「ハイ」」」
何故か広瀬と一緒に返事をしてしまう秋山と財部。

「それにさぁ摘み食いにしても『付き合う?』はないよ。真剣に付き合うつもりもないくせに、全く遊びじゃん」
「……半ば本気でした……」
「はァ?」
「…スイマセンもうしません」
「ん。ならよし。周りの人にくれぐれも迷惑かけないようにお願いします。というか、しろ」

じゃあこの話をお仕舞い!
ぱんっと手を打って、秋山と一緒にぐったりしている財部に夕食を食べていくよう伝えると、さつきは立ちあがった。
そこへ。

「そう言えば、さつきさんの世界ところの女の子は皆ああなの?」
「……………はいぃ?」
「腰は細いし胸はでかいし、洋服が似合う体形だよね。それに柔らかいし」
「うん。それで」

「………」
「………」

気付け広瀬。
さつきは笑顔だが目が笑っていない。打たれ強いのは分かったからもうやめてくれ。

「着物じゃないから襦袢着ないのは分かるけど、…何着てるの?」
「え、何コレ。天然なの?わざとなの?」

助けを求めるように、広瀬以外のふたりを見るも彼らは横に首を振るだけだ。

「下も何か着てるの?」

なんという兵(つわもの)。ここまで空気読めないのはある意味才能だとさつきは思った。

「…知りたいですか…」
「え、うん。知りたいというか見たい。今後のために」
「へえ、今後のために」

秋山と財部は思わず目をそらしてしまった。
目の前のふたりの寒暖差は広がるばかりだ。イタ過ぎて見ていられない。

「じゃあ広瀬さん、もうちょっとこっち来てもらえます?」
その一言に、にぱっと音がしそうなほどに破顔して、広瀬が彼女ににじり寄った。

「あのね」
「うん」
「こういう風になってるんです、よっ!」
パーン!と高い音が響くと同時に、広瀬の頬に紅葉が散った。

「――――ちょっとは反省しろ!ヤリ●ン!!」

捨て台詞を吐き、襖を叩きつけるように閉めて出て行ったさつきを無言で見送る三人。
「…広瀬、お前が悪い」
「秋山の言う通りだ。お前が悪い。……返事は」
「すいませんでした」

と、素直に謝罪したと思いきや。

「でもさ気になるんだよ。なんかすごく不思議な形の下着付けてた。どうなってるのかな、あれ」

ぶたれた頬をさすりながら呟く広瀬に、鉛を含んだような重い息が落ちる。
腹立たしさと呆れを通り越し、辿り着いたのはやっぱり諦めだった。ここまで清々しいといっそ尊敬の域である。
秋山と財部は無言で顔を見合わせると、もう一度溜息をついた。

(もう金輪際関わりたくない)

ふたりの心は一致した。


 
〜 そして次の日

「え?あれ」
「なんだ?」
「秋山の弁当……いつも通りだな…あれ?財部の昼飯秋山と一緒?」
「ああ今週一杯は俺もさつきの弁当。お礼とお詫びだと…食わないのか?……ぶっ!(おい見てみろ秋山)」
「(ん?……!)…ぶはっ!」
「……」
「おいむすっとするなよ。自業自得だろ。なあ秋山」
「…自業…?俺なにかした?」
「え。秋山俺どうすればいい」
「病気なんだ諦めてくれ」
「知ってたけど、まさかここまでひどいなんて」
「ちなみに今のところ治る見込みはない」
「「……(はぁ)」」
「いや、てゆーかなんで俺の弁当だけ白米の上に塩鯖一切れ」
「なんでか分かっていればそんな弁当にはなってないだろうよ」

〜 三日後

「よく分からんけど、とりあえずさつきさんに土下座する必要があるのは分かる」
「…今の状態で謝ってもまだ当分鯖は続くぞ。いや事態は更に悪化する」
「…えー…」

だめだこりゃ。
というか、なんでこんな男がモテるんだ。腹立たしい。
本人に自覚がないだけに、周りはそれに振り回されてまるっきり骨折り損のくたびれ儲けだ。
さつきと暮らし始めてから、それは分かってはいたのだけれども。そう言えば財部も似たような事を言っていた。

(不毛だ。不毛過ぎる…)

昔から広瀬の親友を続けている財部と竹下に若干の尊敬の念を抱いた秋山だった。

おしまい

(11/1/4)


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