Dear mine #3





「俺だけか?」

いきなりの質問の意図が分からなくてキョトンとしたさつきに、「渡したのは」と桐野が続ける。

「ウィリス先生にはお渡ししましたよ?あと幸吉君に用意してます」
「他は」
「いませんケド…(あれ?)」

(これってもしかして)
あれか。餅か(食べられない方)。

まさか桐野がそんな事を言い出すとは思わなくて。嬉しくなってさつきの口角は自然と上がった。
でも誤解の種になりそうな事はどんなに小さくても潰しておかなくては。

「ウィリス先生へは今日のお礼で、おますちゃんと一緒にですよ?」
「ああ」
「幸吉くんは、」
「幸吉はええんじゃ。問題ナカ」
(幸吉くんはいいんだ)

思ったことが顔に出たのか桐野の眉がぴくりと動く。

「…西洋菓子を父御に、か。前は写真を兄とか言うちょったな」
「えー?もう、いつの話してるんですか。それにちゃんと父にもあげていました」
「父に”も”」
「……母にも」
「やはり今夜体で返す必要がありそうじゃな」
「えええ!?なんで!?」



***



意味を教えてくれ。

そんな言葉と共に差し出されたカードに村田新八は目をぱちくりとさせた。
何かと思って受け取ってみればペン字の英語だ。
桐野の周りで桐野にこういう事ができる人間は限られていて、
「さつきさんか」
名前を出せば目の前の男は点頭した。
一緒にいるのだから、わざわざ他人に聞かなくても本人に聞けばいいものを。

「さつきが言いたがらん」

村田は吹き出してしまった。
「桐野…」
久しぶりに顔を見せたと思ったらこれか。惚気に来たのか。
言わせようと思えば簡単に出来るだろうに。


カードに視線を落せば簡単な一文しかない。

Dear mine, with all my heart.

どういった経緯で渡されたのかと問えば、さつきが作った西洋菓子に添えられていたという。

「西洋菓子」
「なんでも感謝ん日とか何とか」
「…バレンタインか?」
「知っちょるんか」
やや驚いた声を上げた桐野に、
「いや、聞いた事あるっちゅう程度じゃが。そいより俺はさつきさんが西洋菓子を作れる事に驚い(ひったまがっ)たが」
苦笑いだ。

「西洋の風習じゃ。恋人や妻でも夫でも、親しか者に感謝ば込めて贈る」
「どう返す?」
「さあ…さすがにそこまでは」

同じように何かを返してやればいいのではないかと口にすれば、
「そうじゃな」
応える桐野にこれが本当にあちこちで浮名を流していた男なのかと村田は笑ってしまう。
穏やかになったものだ。

「で、意味は」
「ディアマイン、ウィズ、オールマイハート、心全てを傾けて、心を込めてっちゅう事じゃ」
「………」

それだけの事をなぜ言いたがらなかったのだろう。
桐野が首を傾げれば、

「恐らくここじゃな」
ここ、と村田が”Dear mine”の部分を指差す。
「ディア、”親愛なる”、”愛しい”。マイン、”私のもの”」

このカードの場合だとマインは「私のあなた」、繋げると「愛しい私のあなたへ」になるが。
私のもの。
…(あなたは)私のもの。

「桐野、お前の事じゃ」
「俺を『私のもの』?さつきがか」
「他に誰がおるんじゃ」

はははっと村田は笑ったが、桐野は余程意外だったのか真顔でカードを見つめていた。
桐野はさつきにお前は俺のものだとは言った。
それにさつきに桐野が欲しいと言わせ事はある、が。
好きだとは言われても、さつきからそんな独占欲を孕んだ言葉は言われた事がない。

「恥ずかしかったんじゃろう」
聞かれても答えなかったのは。
言葉では中々言い辛いだろうから。
それに何とでも誤魔化しようがあっただろうに、さつきにとっては誤魔化したくない所だったのだ、きっと。

可愛(むぞ)(おごじょ)じゃなあ」
「やらんぞ」

即答具合に村田は爆笑した。

「もう帰れ。大事にしろよ」
「…皆同じ事を言う。こん前は篠原にも言われた」
何年か前には従僕に「捨てられないでくれ」とまで言われたと零した男に村田の肩は震えてしまう。

「そりゃそうじゃ。お前の事をそこまで大事にしてくれる女がどこにおる」
「………」

かりかりと頬を掻くと桐野は立ち上がった。

「邪魔した。村田、あいがとな」
「分かったで早よ帰れ」

笑いながら追い払いにかかれば、
「今度はさつきも連れて来っで」
「おお。よろしゅう伝えてくれ」

大事そうに懐にカードをしまった男に、村田は「変れば変るものだ」と内心一人ごちて笑いながらその後ろ姿を見送った。


薩摩隼人とは。笑。創作だからいいんです。桐野はさつきちゃんと思う存分いちゃいちゃしてたらいいと思います。イギリスでは19世紀中後期頃からはバレンタインに贈り物をしあう習慣?風習?があったそうです。なのでぱっちーが知っててもいいよね。この人はチョコレート食べてると思うし。19/2/16