Dear mine #2





できあがったクッキーを作った袋に分け入れて口を閉じ、色のついた和紙を裂いて紐にする。
それを幾つか組み合わせて袋にかけてリボンでも結べば、簡易ではあるけれどそれなりのラッピングに仕上がった。
「やってみて。難しくないから」
さつきが言い終るや見よう見まねでラッピングにかかり、できたものをきゃあきゃあ言いながら見せてくるおますにさつきも笑う。

「カードも書く?…カード、分かんないか。小さな紙に言葉を書くの」
「言葉?」
ありがとうとか、と言い添えてやると少女は須臾の間考えてさらさらと書き出した。
素直で本当にかわいい。


片付けてウィリスを再訪した時にはもう夕方になりかかっていた。
お礼を伝えて挨拶をして医学校の門を出れば、
「あっ、父様ー」
別府と桐野が迎えに来てくれていた。

とととっと父親に駆け寄る小さな後ろ姿が微笑ましくて眺めていたら、不意に桐野と目が合った。
胸の辺りで小さく手を振れば、従弟と従僕を置いてこちらに向かってくる。
「清水馬場までひとりで帰れますよ?」
笑いながら暗に過保護だよと伝えれば、桐野は軽く鼻を鳴らした。
「…来てくれてありがと」
「ああ」

そして、「荷物」と一言零してさつきが持っていた笈に桐野が手を伸ばそうとした時、

「父様どうぞ。おますが作ったの」

クッキーを渡しながら頑張ったよと一生懸命言い募っている娘に別府が目尻を下げていた。

「うわー…でれっでれ…」
ボソッと呟くと桐野が吹き出す。
「別府家の子はみんないい子ね」
「そうか」
「うん。おまけにかわいい」
「そうじゃな」
桐野がふっと微笑う。今日は何をしていたのかと問われ答えようとした時少女の声が響いた。

「おじさーん」
その声に振り向けば、ぶんぶんと手を振られる。
「おじさんはさつきさんからもろてねー」


「もらう?」
ちらと向けられた視線に、
(帰って落ち着いてから渡すつもりだったんだけどな)
さつきは笈に入れていた袋を桐野の目の前に取り出した。

「何卒よろしくご嘉納くださいませ…」

大袈裟な口ぶりに笑いながら、渡されるやリボンもどきの紐をほどいた桐野の手元からふんわりと甘い香りが広がる。

「ああ、これか」
「え?」
(わい)な甘い匂いがする」
これだな、なんて言って顔を近付けてくるから、
「甘いのはクッキーですよ」
クスクス笑って袋から一枚、桐野の口元に。

「甘いな」
咀嚼している桐野に嫌だったかなと少し首を傾げれば、
(んにゃ)。美味か」
汝も食ってみろ、と一枚口に放り込まれてしまった。
作ったの私ですよと笑いながらも、この環境の中で作ったにしては中々いいできだなと思う。
「ん、おいしいね」
「おお。あいがとな。じゃっどん今日は一体何じゃったんじゃ」

(あ、)
目の前の男の問いにそう言えばそうだなと。
桐野には何も教えていなかったし、今日だっておますと医学校で会うとだけしか伝えていない。
いきなりクッキーを渡されても意味不明だろう。

「私がいた所では大切な人に感謝する日があるって話をしてたの覚えてる?」
「以前おますと話しちょったな」
「うん、今日がその日でね、おますちゃんが別府さんに何かしたいって」
「ああ」
「それで私も利秋さんに何かしたいなって…本当は感謝というか好きって伝える日っていうか…」
「…………」
「利秋さん、いつもありがとう。あなたと一緒にいられて私は幸せです」

改めてきちんと口にすれば、桐野は少し驚いた顔をしていたけれど、やがて大きく笑った。

「俺はどう返せばヨカな?汝ん所では如何(いけん)すっとな」
「んー…何もしないよ?」
「そげん(こっ)なかじゃろう」
「ホント。これからも一緒にいてくださいね」
「……………分かった。それはつまり体で返せっちゅう事じゃな」
「え?……え、え?」
「とりあえず今夜か」
「え?」




「…幸吉、いつもあげな感じか」
「大体あげな感じです」

さらっと答えた従兄の従僕に別府は若干同情の籠る苦笑を漏らした。

清水馬場(こっち)来ると余計かなあ…吉田やと周囲に若い人たちがおりますから」
「ソーカ」
「仲がええんは嬉しいんです。色々ありましたし。ずっとああだったらええなって」
「そうじゃな」
「ただちょっと目のやり場に困る時が…」
「そうじゃな…」

そして自分の隣で、きらきらしながらふたりを眺めている我が娘にも苦笑する。
ふたりのこれまでの経緯を知っている別府としては、本当に喜ばしい仲睦まじさなのだが。

「さつきさんね、おじさんの事わっぜ好きち言うちょったよ」
「…そーか」
「おじさんもにこにこしちょるねー」

いや、あれはにこにこというか、にやにやだろう。
教育上宜しくなさ過ぎる。

「ほら、行くぞ」
「えー、おじさんたちは?」
「ヨカヨカ。先に帰っど」
「先生、先に帰りますよって」
半ば呆れた様子の別府の隣で幸吉が声を上げれば、桐野が手をひらひらと振った。



19/2/14