I'm dead tired:03






後ろに座ってドライヤーで髪を乾かしてくれる広瀬さんの手つきがとても気持ち良くて、本当に寝てしまいそうだった。
「…半分寝てるな」
「さつき、おい、ここで寝るな」
返事をしたつもりだったけど、ちゃんと言葉になってなかったみたいで、うつらうつらする中ふたりの笑い声が聞こえる。
「ほら、ベッド行こう。俺たちももう帰るから」
そう言われ抱きかかえられたのだけれど。
…帰る?

「…もう電車ないよ…」
「タクシー拾うよ」
「さつきもひとりの方が休めるだろう?」
「やだ…明日用事ある?ないなら一緒に寝ようよ」
「………」
「………」
ベッドに寝かされるや頬に唇が落とされる。
「…なら俺風呂入るわ」
「ああ」
そんな声が遠くで聞こえて、良かった、いてくれると思うと急速に眠りに落ちていった。




本当に疲れていたようで、布団をかけてやるとさつきはすぐに寝入ってしまった。
「…抱きたい」
秋山がぼそっと零した言葉に広瀬が「流石に今日は」と苦笑する。
幾ら触れたくてもこんな様子を見て無理強いするほど鬼じゃない。
しかしあれだけ不機嫌丸出しだった彼女を見るのは初めてで、驚きはあったけれど。
「あー…かわいいなあ…一緒に寝ようだってさ」
広瀬が口元で笑いながらドライヤーをあてて少しぱっさりした髪を手櫛で軽くといてやる。

連絡をしても中々通じなくて、漸く繋がったと思えば疲れ切った声で、
「ごめん、今忙しくて。もう切るね」
そしてそれっきり。
それが立て続けで、しかも夜遅い時間でもそうだったから、心配になってしまった。
今日だって事前に言えば断られると思って、わざと何も言わずに家に押しかけたのだ。
渡されている合鍵で部屋に上がれば、食器は洗い桶に浸かったまま、洗濯物は何日か分と思われる量がカゴに放置されていた。

「荒れてるな。珍しい」
広瀬の一言に秋山が同意する。
ベッドを見れば掛け布団が捲れたまま、ルームウェアもその上に置かれたままで、きっとギリギリに起きて辛うじてコーヒー位を飲んで家を出て行ったのだろう。
いきなり来ても、…本人がいない時に来ても、大抵は片付いた部屋だったから、この様子を見れば怠慢ではなくて自分の事にまで手が回っていないのだと容易に想像ができた。
「本当に忙しいんだな」
仕事に忙殺されているというのは大体分かっていたのだが。
故なく邪険にされていた訳ではないことに少し安心して、秋山の言葉を切欠にどちらともなく部屋の片付けを始めたのだった。

そして数時間。
日はすっかり落ちてしまったのに部屋の住人は帰ってくる気配もなく。
「走りにいって来こいよ。日課だろ」
秋山にそう声をかけられたものの広瀬が返事を渋っていると、
「帰ってきたら電話するし」
「分かった、なら頼むわ。…しかし今日土曜だよな。今何時だよ…」
置いてあるスポーツウェアに着替えて、そのまま一時間半ほど。

そして帰ってきた時の広瀬の荷物を見て、秋山は思わず笑ってしまったのだった。
両手にはコンビニの袋。
「こっちは俺らの弁当な」
ほれと渡される。
もう片方にはさつきが好きな甘いものばかりが入っていた。
「もう九時半だろ。食欲あるか分からないしな」
そう思ってさつきの弁当は買わなかった。
それでも口当たりのいい物ならと、目についたデザートを選んだのだけれど。
食欲があるかどうか顔見てから聞いて、あるようなら買いに行けばいい。


…なーんて。
そんな話をして、本人が帰ってきたのはそれからまだ更に後だった。

久しぶりに合せた顔は本当に疲れ切っていた。
ドアを開けて開口一番、不機嫌丸出しの「なんでいるの」にも驚いたけれど、いきなり泣き出したことにも驚いてしまった。
泣きながら仕事の愚痴を零すなんて。本当に弱ってる。
それでも幾らか言葉を交わして漸く笑ったことにホッとして、気持ちが少し回復した様子を見て胸をなでおろしたのだった。

どうやら今日は帰ってはいけないようだから、とりあえず男共用にと用意されているルームウェアに着替えることにした。


(16/4/13)
初期のお泊りの頃に「もー服でベッド入ってこないでよ。は?下着で?ふざけんなソファで寝ろ」とか散々言われてたらいいと思います。