I'm dead tired:02






がちゃんと扉を開ければふたりが振り返った。
ワンルームだから部屋に誰がいるかなんて丸見えだ。

「遅かったな、さつき」
「さつきさん、おかえり」

ただいま、久しぶり、来てたんだね、なんて。
その位の一言、すぐに言えただろうになぜか言葉が返せなかった。
玄関まで迎えに来てくれた秋山さんと広瀬さんの顔を見詰めたまま突っ立って、口から転がり落ちたのは

「…なんでいるの」

そんな愛想の欠片もない言葉で。目の前の人を驚かせてしまった。
むっすりしながら俯き加減で靴を脱ぎ捨てて、ふたりの間をすり抜ける。
ちょっと唖然とした表情で背中を見詰められているのが分かる。
そうだろう、実家の家族にだってこんな態度取らない。ましてやこのふたりにだなんて。
でもそれくらい疲れているのは分かって欲しい。

「ごめん、凄く疲れてるの。今からふたりの相手なんてとてもできない」
出来たらもうすぐにでも寝たい。
それにきっとすごく嫌な態度しか取れないから。

顔を合わせないまま、暗に帰って欲しいと伝えたのだけれど、
「俺たちの事は気にしなくていいから」
って、そんなことできないから言ってるんじゃん、この分からず屋。
なんでこう思い通りにならないことばかりなんだろう。

なんだかすごく情けないような泣きたいような気持になって冷蔵庫を開けた。
こんなことならちょっと我慢してでも甘いもの買ってきたらよかった。
買い物に行けてないから冷蔵庫の中も空に近い状態だけど、でもミネラルウォーター位はあった筈…
あれ?

(プリン入ってる…)

プリンだけじゃない。ゼリーとか杏仁豆腐とかヨーグルトとか。
あんみつもある。シュークリームも入ってる。ここコンビニのショーケース?
疲れていても食べやすそうで、しかも好きなものばかりだった。
なんで?もしかして買ってきてくれたの?

しゃがみ込んだまま中を見詰めていると、顔の横からスッと伸びてきた腕が冷蔵庫の扉を閉めてしまった。
ふり仰げば秋山さんが苦笑していて、

「何やってんだ。早く着替えてこい」

それは本当にいつもの通りの彼の口調だったのだけれど。
上司から滅茶苦茶怒られて罵られてきたのが今日だった。
間違うと本当に困るからちゃんと見直せって、何度も何度も何度もアドバイスしたのにバカみたいなミスをした後輩のせいで。

少しきつめの口調や冗談だっていつもなら何にも思わないのに、今は受け流せない位弱っていた。
もうすっかり鎧を脱いでしまっていた上での言葉、ぐっさりと心に包丁を突き立てられたようで、とうとう涙腺が緩んできてしまった。

「…そんな言い方しないでよ」

言葉尻が震えたのを聞いて秋山さんがギョッとした。
しまったと思ったけど崩れかけた感情をセーブできなくて、でも泣きそうになってることを知られたくなくてそのまま俯けば、秋山さんが隣に腰を落ち着ける。
目の前にあった手を握れば少し驚かれたけれど、
「お疲れさん。お前がそんなになるなんてよっぽどだったんだな」
拒否されることもなく、柔らかい言葉と共に空いた手で頭を軽くなでられてしまった。

「ごめん…」
「ん?」
「ヤな態度取って」
「そんなことない」
「…上手くいかないことばっかで」
「ああ」

後輩があり得ない失敗ばっかする。
危なっかしい所を指摘して、任せられそうかなと思って目を離したら信じられないようなミスをする。
その不始末を全部こっちに持ってきて、何かやっても如月がなんとかしてくれるって思ってる。
自力で解決しようとか、そういう気持ちが全然ない。私あの子の上司じゃないよ?
それに私だって自分の仕事を抱えてて忙しくって、本当は人のことに手を出す余裕なんて全然ない。
子供じゃあるまいし自分でやったことの責任位、自分で取って欲しい。
後輩の過失なのに私が怒られて、せっかくの休みだったのに朝から呼び出されて、あと一時間位で日曜日で。
平日は平日で朝早くに家を出て日付が変わる頃に帰ってくる。
もう一ヶ月近くこんな生活が続いてて、家事も自分の事もまともに出来てない。

「もう疲れた」
目の前にいる人の首元に腕を回して抱き着けば、言葉と一緒にぽろぽろと涙がこぼれた。
「疲れたよ…」
ぽんぽんと背中を優しく叩かれて、さらにぎゅっと力を込めた。

「今日もよく頑張ったな」
「ん…」
「そんな奴だから頼りたくなるんだな、きっと」
「そんなのいらない。いい加減一人立ちして欲しい」

ふふ、と耳の後ろで軽く空気が震えて、秋山さんが小さく笑ったのが分かる。
リビングで何やらごそごそしていた広瀬さんもいつの間にか様子を見に来ていて、側にしゃがみ込むと頬に掌を宛ててきた。
器用に軽く雫を払いながら緩く笑う。

「風呂沸かしてあるから先に入っておいで」
「…髪の毛乾かすの面倒だからやだ…」
「俺が乾かすよ。なんなら頭も洗うか?」
「一緒に入るの?」
「入ろうか?」
「えー?」

くすくす笑えば、
「やっと笑った」
「……広瀬さんもごめんね」
「いいや、疲れてるの知ってて来たのは俺たちだしな」
前髪を上げられた額に唇が当たり、身近にある温もりに心がゆっくりとほどけていく。


脱衣所へと促され明日は沢山洗濯しないとと、脱いだトップスをカゴに入れようとして
「………」
ばーんとドアを開けて飛び出した。
「どうした?」
「洗濯物がないんだけど!」
「夕方に洗濯したが」
「…したぎ…」
「ネットに入れて…ああ、もしかして手洗いだったか?」
「洗ったの!?」
「君の下着なんて全部知ってるし、今更だろうに。一応部屋干ししといたよ」
「へ、部屋干し!?」
ふたりの口から衝撃的な言葉を聞いてしまってがくりと肩を落とす。
下着はおいといて欲しかった…

「それより」
トップスを脱ぎ捨ててブラだけの上半身、胸をいきなり突かれた。
「きゃあっ、何すんの広瀬さん!」
「やっぱり」
「え?」
「…縮んでる…ちゃんとメシ食ってたか?」

グーパンチが飛んだ。



(16/4/25)
一体どういう関係なのかとお思いでしょうが