I'm dead tired:05






「あ、やっぱり〜!如月さんじゃないですかぁ」

聞きなれた声にびくっとして振り返って…うんざりする。
職場の失敗の多い後輩ちゃんだった。
正直休みの日まで顔は見たくなかった…

「こんにちわ」
それでもいつもと同じように挨拶し、見れば彼女の後に男の子がいて、ああ彼氏とデートかなと思う。
(うーん、かわいいカッコしてるわ…)
フェミニンなワンピースで、サマンサのバッグは彼氏君が持っている。
私ときたら春ニットにデニムのロールアップに帆布のトートバッグ。
そしてお総菜である。

ふたりと歩くならもうちょっとかわいい恰好で来たら良かったかなと思わないでもなかったけど、
(今日はそんな感じでもなかったよね)
隣にいる広瀬さんを見上げるとにこりと笑われる。
(よそはよそ、うちはうち、かな)
何となくほっとして挨拶もそこそこに別れようとしたら、
「彼氏さんですか?もしかして如月さんもデート?」
私の格好と持ってるお総菜を見て、優越感のある笑みを湛えながら彼女はそうのたまってくれたのだった。

「私たち今日は夜景の素敵なレストランでディナーなんです〜彼氏が連れて行ってくれるって〜」
「如月さんはお家ディナー?」

うふふと笑いながらの後輩ちゃんの物言いに、笑顔が引き攣った。
お家ディナーってあんた。
すごく感じ悪い。すごく嫌味。
私の彼氏は高層階レストランに連れて行ってくれるのに、あんたの所は惣菜かと笑いたい訳ですね。そうですね。
あ、ついでに料理しない女っていう認定もされた?
マウンティングされてますか、もしかしなくても。
別にこの子にどう思われようと良いけどさ…
(職場で不愉快になりそうな話を流されそう)
内心大きな溜息を吐いた。

「さつき、職場の人?」
聞きなれない広瀬さんの呼び捨てに、あらと思いながら頷けば、

「彼女がいつもお世話になっています。そうなんです、今日は家で。ここの所帰りが遅くて疲れてるのに遅くまで連れまわすのもかわいそうだし。かといって作らせるのもね」
「昨日も帰ってきたのは日付が変わる前だったしな」

先を歩いていた秋山さんまでいつの間にか戻ってきて話に加わってるし。
目の前で「お前の職場週休二日だよな」と後輩ちゃんをつつく彼氏君に、

「責任感が強いから押し付けられたミスの後始末でも放っておけないんですよ、こいつ。昨日はそれで」

真顔で後輩ちゃんの顔を見ながら言い放った秋山さんの言葉に、後輩ちゃんがちょっとプルプル震えてる。
びっくりした。
困った後輩が目の前にいる子だなんて、話したこともないのにもうバレてる…

人にあれこれ押し付けて自分はしっかり定時帰り。
ミスを押し付けて人に休日出勤までさせる。
心当たりがなければ何でもない世間話だけど、そうでないなら彼氏の前でこんなこと言われるのは結構な当て付けだろう。
彼氏君、「えー休みの日にそれは最悪ですね…」とか言ってるし。

秋山さんも広瀬さんも基本的には優しい人だ。
初対面の、しかも女子にこんな物の言い方をする人ではないのに。
なんて言うか…ふたりともちょっと怒ってる、みたい。

「持って帰ってでも家で食事と思うのは…邪魔されない場所で一緒にいる時間を作りたいからですよ」
「そうでなくても最近中々会えないしな」

後輩ちゃんに向かっての言葉だったけど、顔から火が出そうになった。
そっか。
お総菜買いに行くっていうのはわざとだったんだ。
それに私を馬鹿にして笑おうとした後輩からかばおうとしてくれてる。
(…やばい…すっごく嬉しいんだけど…)
近くにある秋山さんの手を握ろうとした時、

「え、えー?…如月さん、もしかして二股、ですかぁ?…」
「…………」

”二股”を強調した後輩ちゃんの一言に両隣の空気がピリッとする。

「さつき…この子は知ってるのか」
え?広瀬さん。なんかマジで怒ってるっぽいのだけど。
「…多分知らないんだと思う…」
「だろうな、さつきの職場でも結構知られていると思っていたんだが」
女は噂好きだろうし、と秋山さん。

「あの、ね…ふたりとも彼氏…なんだけど…」
「は?」
「聞こえなかったか。付き合ってるんだよ」
「で、でも三人だなんて、」
「ポリアモリーって知らない?俺たちそれなんだけど」

ポリアモリー?
首をかしげた後輩ちゃんに彼氏君が「あーそれ複数恋愛ですよね」と。
彼氏君は知ってたか。

「三人でって…付き合い方とか変わってきますよね?相手によって違いとか出そうだし…そもそもふたりとひとりってどんな感じなんですか?嫉妬とかないんですか」
き、聞きにくいことを聞いてくるなあ…
でも興味があるというのは分かる。
私としてはふたりへの接し方に差異はつけてないつもりだけど…
秋山さん広瀬さんからしたら嫉妬とか、確かにそうだよね。
でも両隣のふたりからはそんな感じ受けたこともないし、あっちと会うなとかそんな束縛されたこともなかったけど。
なんて答えるんだろうと黙っていたら、ふたりは暫く顔を見合わせていたけれど、

「相手が広瀬以外ならカチンとくる」
「相手が秋山以外ならカチンとくる」

え、同時?と思いきや男三人で笑い始めてしまった。

「彼女さん愛されてますねー」
「は!?」
いきなりこっちに向かってきたド直球に声が裏返った。
変な反応に彼氏君は笑いながら、

「下世話な想像してもっとドロドロしてるのかと思ってたんですけど、そんな感じでもないし。皆さん見るからに仲が良さそうでいいっすね」
「ええ…まあ…」
…としか何とも答えようがない…
「俺の彼女がすいませんでした」
「え?」
「嫌な思いをさせてしまって」
うわああ後輩ちゃん信じられないようなものを見る目で彼氏君を見てるんだけど…
(うーん…まあ彼氏には自分の味方して欲しいっていうのは分かる…)
そんな彼女の視線を華麗にスルーして、彼は「ほら、行くぞ」と追い立てるように後輩ちゃんの背中を押していく。

「あ、おい」
その後ろ姿に秋山さんが声をかける。
振り返った彼氏君を手招きして、こちらからも後輩ちゃんからも聞こえないような声で何かを耳打ちしていた。




「何話してたの」
あんまりいい予感がしないのだけど…
「君の彼女はミスを人に押し付けて休日出勤までさせても平気な女だっつう話」
「…ええぇ…ちょっと」
「何となく分かってたみたいだぞ。やっぱり、だってさ」
さっきの様子を見てそうじゃないかと思ってたと言われたって。
「俺たちが君をかばってたのもよく伝わってたみたいだしな」
あのふたり別れるかもな〜、と広瀬さんが無情な感想を漏らす。

「………」
「さつきさん、百年の恋も冷めるって言うだろう。男からしたらさっきのはそれ」
「人をけなす姿を目の前で、だからな。しかも相手は散々世話になってる先輩だ。余程でなければ思う所があるだろう。…ま、広瀬の言う通り近い内に別れるんじゃないか」
現に彼の別れ際の一言は「ありがとうございました」だったし。

「…私明日からまたあの子と職場で一緒なんだけど」
逆恨み?で変な話広められて、職場が険悪な雰囲気になりそうで怖い。

「大丈夫だと思うぞ」
「立場が悪くなるの、きっと向こうだし」
そうかなあ…
「俺たちの事、さつきさんの職場の人は殆ど知ってるし上司も知ってる。その上結構好意的に見られてる」
ええ、まあ。
びっくりですけどね。

「それに誰のせいでさつきが残業・休出してるか、ど〜せ周りはみんな知ってるんだろ」
それは確かに…はい。
昨日怒り狂ってた上司だって、一応「君に怒っても仕方ないのにな」ってフォローはしてくれてたし。
何の慰めにもならなかったけどさ。

「なら大丈夫だ。悪い話をばら撒いたって悪く思われるのは彼女自身。自業自得」
「あっちは入社一年目か二年目くらいか?それで先輩に不始末押し付けて悪びれもしないふてぶてしさだろ」
どーせ面倒な仕事しなくて良くなった、ラッキーくらいにしか思っていない。
そんな態度、周囲は素知らぬ振りして結構よく見ているものだし、さつきと同じような目に遭っている人間だって他にもきっといる。
それに在籍年数を考えても社内で人柄が知られてるのがどっちかなんて瞭然で。
大体三人で付き合っていることが好意的に見られているというだけで、職場でのさつきの評価が大体分かるというものだ。

「…そうは言うけど女は怖いんですよ…」
真実がどうであれ悪い噂話の方が受けがいいし、面白がる人は多い。
「心配?」
「ん…ちょっと」
「なら俺が明日からさつきが職場で悪く言われる確率を計算してやろうか」
「計算て!どうやって!?」
あははと笑うと「心配しなくても大丈夫だ」と秋山さんがやたら自信満々に言うから何となく納得してしまった。

「ね、もう帰ろっか」
「デザートはいいの?」
「冷蔵庫に一杯あったから、あれが食べたい」
「今日も泊まっていくからな」
「どーぞどーぞ。ねえ広瀬さん今日もドライヤーしてー」
「はいはい」

そうしてそろそろ行くかという声に背中を押されて家路についたのでした。


おしまーい


(16/5/11)
でも苗字呼びっていう。あっきーの彼氏君への告げ口は勿論仕返しです。追撃の手は緩めない。笑
というか円満三角関係、大丈夫だったでしょうか(ダメな人はダメなパターン)。ポリアモリーが気になる方はググって下され