袖触れ合うも:01






さつきは小走りで職場に向かっていた。
時間内にどうしても戻りたい。
そう思い腕時計を見ながらだったから、いつもなら気を付けているのに運悪くピンヒールがマンホールの穴にはまってしまい、その反動で勢いよくすっころんでしまった。
目の前に投げ出された鞄から詰め込まれていた書類がざざーっと流れ出る。
そんな様子を一瞥しこそすれ周囲は特に助けようという素振りもなく、信号が変わるやさっさと歩きだしてしまう。

痛さと恥ずかしさとで半泣きになりながら、風で飛んでいきそうな書類たちをかき集めていた所、
「これもそうじゃないですか」
ぺらんと通りすがりの男性に差し出された何枚かの紙。
それを確認して礼を伝えれば、大丈夫ですかと更に言葉を重ねられた。
「あー…はい、だいじょうぶです…」
今の様子をばっちり見られていたのだろう。
誤魔化すように半笑いで重ねて礼を告げれば「じゃあ、気を付けて」と、その人はスーツケースを引いて行った。

(親切な人だ…)
そう思いながら書類と鞄を抱えて立ち上がろうとした時、
「わっ!」
くきっと足が。
見れば片方のピンヒールが根元からぽっきりと折れていた。
(うっそ)
上司に報告しなければいけない案件があるし、その上今日は金曜日、それももう夕方だ。
月曜日には持ちこせない内容だから職場には戻らなければならない。
何もなければ「直帰しまーす」とでも連絡を入れられるのに。

それでもよろっと立ってみれば片方はヒールがぐらぐらしてまともに立ってもおられず、しかもスカートだったからストッキングも豪快に破れてしまっている。
擦ってしまって血が流れ出てるし。
ティッシュで傷口を押さえはしたけれど、
(やだ、どうしよう)
こんな姿で職場に直行もできない。
かといってこの辺りは靴屋もないし、ビジネス街だから靴のリペアが出来る所はあるだろうけれど、さつきはそこまでこの辺りの様子に詳しくはなかった。

「あの」
ボーゼンとしていた時に声をかけられ顔を上げれば先程声をかけてくれた男性で、どうしたのだろうと首を傾げれば、
「近くに靴の修理屋があるけど、そこに行く?」
「近く…ですか?」
そうと頷かれて渡りに船だと思った。

「助かります!場所教えて頂けますか?」
「いや、一緒に行きましょう。説明しづらい所にあるし。それにその恰好、ひとりで人通りの多い所を歩くの嫌じゃない?」
「…え、でも、お気持ちだけで…場所教えて頂くだけで」
充分です、という声は消え入りそうだった。
確かにそうだ。
このカッコで職場に行くのもと思う程なのに。

そんな様子をどう見たのか、
「ほら、気にしないでいいですから」
と背中を押す声に、お仕事中で忙しいのでは?とか、スーツケースだし今から出掛けるのでは?とか、矢継ぎ早にそんな質問を一通りすれば、
「今日は出張から帰ってきて、ボスへの報告も済んで、後は家に帰るだけ」
時間もあるし、忙しくもない。
「でもお疲れですよね」
「いいや?」
「……」
「他に確認したいことはありますか」
大様に笑われてしまった。



そうして連れて行かれた靴修理店は、ややこしい場所……では全然なかった。
(真直ぐ進んで突き当りを右って言ってくれたらそれで良かったのに)
嘘をついて付いて来てくれたのは明らかで。
そして「すぐに戻るので荷物を見ていてもらえますか」と、さつきがスツールに座ったのと同時にかの人はどこかへ行ってしまったのだった。

すぐ終わるよ、とカウンターの向こうから声を掛けてくれたおじさんに軽く返事。
簡単な報告と帰社が少し遅れそうなことを上司に連絡し終わった時、戻ってきた男性が「ハイ」とコンビニの袋を差し出してきた。
中を覗けば、
(え!?)
ウェットティッシュと絆創膏、ストッキング。あとお茶。
びっくりして思わず目の前の人の顔を見上げてしまった。

「トイレがこのビルの奥にある。着替えてきたらいいですよ」
「あの、お代…おいくらでしたか?」
「後でいいですから、まずはその足をどうにかしてからで」

何だかうまい具合に言いくるめられた様な感じはしたけれど、見ている方が痛いとまで言われてしまっては、それ以上強く意見を通すこともさつきには出来なかった。
だから、
「本当にすいません。後で必ずお支払いしますから」
と声を掛けて席を立ったのだけれど。



修理店に戻るや、もう直ったよ、とカウンター越しに靴を渡されて。
「おじさん、さっきのオニーサンは…」
姿が見えないので、もしやと思いながら聞いてみたら、
「さっき行っちゃったよ。足元に気を付けてって伝えてくれって」

えー!


(2016/6/1)(2016/5/5)
例の現パロ。さてどちらでしょう。てーかバレバレよねーそうよねー