バレンタイン






・設定同じだけど本編とは違う謎時空
・ポリアモリーに優しい世界
・あまり深く考えないでどうぞ






「今年は何作るの?」
『まだ決めてないんだよねー。どうしよ。そろそろ決めて材料買っとかないとなんだけど』
「ほらいつも作ってる生チョコサンドクッキー。あれ美味しいよ」
『んふふ、あれいいよね〜…弥生一緒に作る?』
「そうしよっか。でさ、今手作りじゃないバレンタインチョコには愛情を感じないって言われた子がいるんだけど、さつき的にはどう?作る側の意見聞きたくて」

『えー…もらう側がそんな事言うの…?すっごいね。厚かまし…そんな事口に出す時点で彼氏さん?からの愛情を感じないかな……って今飲み会?その子そこにいるんだよね?私こんな事話して大丈夫なの』
「うんうん、大丈夫だから。ちょっと現実を見つめて考えようってなって。第三者の意見を」
『そう?ならいいけど…』
「で?」

『安くて簡単って思われがちだけど、手作りってしない人が思うより時間も手間も掛かるよ。材料費も結構するし道具がなかったらそこから揃えないといけないし。お菓子作りに慣れてない人がプレゼント用に作るなら練習は絶対にした方が良いし』
「練習必要?」
『いるいる。絶対した方がいい。生焼けのマフィンとかザラザラしたトリュフとか渡さない為にも。練習込みだったら時間と費用は倍になるね。ラッピングだってサイズに合う入れ物探すの大変だし、捨てるの分かっててここにお金かけるの不毛だなって思うし。百均ホント助かる』
「…ふふっ、うん」

『だからちょっとお高くても買った方がいいなって思う所も多いよ。確実に美味しいし見た目もきれいで衛生的、その上時間が掛からない。悪い所がない』
「確かに〜。それでも作ってしまうその心は?」
『これ大喜利なの?…好きな人に食べて欲しいなって思うからだけど…でも手作りで愛情の有無を計るのはアウト』
「そう?」

『だって、手作りの後ろにどれだけの労力が隠れてるのか考えてないよね、その彼氏さん。彼女さんが疲れてて作る気力も時間も無いかもとか、お菓子作り苦手かもとか、そんな労りも無い』
「うーん…確かにね考えてはなさそう。思ってる事口にしただけっぽいし」
『愛情を盾にして強要するのは無神経。愛を示せって言ってくる癖にその本人がエラく愛の無いことしてる』
「そうだね」

『それに単純にそんな言われ方されたら腹が立つよ。やって当然っぽい感じが更に腹立つ。何でそんな上からなの?ホワイトデーにお前も同じ事やってみせろよって感じ。もしかして買った物渡して終わり?はあ?だよね』
「ふ、あははっ!だよねー!」
『安いトリュフでも買って百均のギフトボックスにそれらしく詰めればいいよ。もらえるだけありがたいと思えって言い聞かせた方がいいんじゃない?その人きっと同棲したら料理とか押し付けた挙句文句言うと思う。将来考えてるなら今の内に何とかした方がいいよ』



嘉月弥生が通話を切った途端、周囲の女友達が一斉に笑い出した。
きゃっきゃうふふなんてかわいらしいものではなく、机をバンバン叩きながらぶはー!あーっはっはっは!という類だ。酒が入っていたからその勢いも手伝って丸っきりおっさんである。

「待って弥生の友達待って滅茶苦茶本音じゃん」
「あんたたちちゃんと聞いてた!?”買ったチョコには愛を感じない”!デデーン!アウトー!」
「厚かましい」
「無神経」
「同じ事やって見せろ」
「愛がないのはそっちだってさ!」

「「「もらえるだけありがたいと思え」」」

げらげら笑う女たちに、席を同じくしている男たちの肩身は物凄く狭かったし原因になった男はあまりの全否定ぶりに机にしな垂れかかっていた。

合コンではない気の合う人間同士の飲み会、そこでもうすぐバレンタインデーだねとなって、貰うチョコの数だとか、彼女からもらうチョコだとか、そんな話になったのだ。
そんな中、ひとりが不用意に漏らした「買ったチョコを渡してくるなんて愛がない」「やっぱ手作りでしょ」に女性側から一斉に非難の声が上がった。

あーあ…
と、その場にいた秋山と広瀬は思ったのだ。
この手の話で女を敵に回して良かったことは一度もない。藪をつついて蛇を出してどうする。
それにふたりは今までの経験からどちらかというと既製品派だったから、女友達から反発されて反発し返す男友達には大して同調しなかった。
しかし、どうせなら手作りが欲しい、手作りの方が好きの気持ちが強そうという気持ちは、まあ分かる。
バレンタインに好きな子から手作りした菓子をもらうのは十代から、下手すると一桁台からの男の夢のひとつだ。

決着がつかない言い合いに弥生が、
「毎年作ってる子がいるから、その子に聞こう」
そう言い出して誰の返事も待たずにスマホをタップ、「ごめんね、今いい?」、スピーカーにして話し出した内容があれだった。

既製品の方が美味くてきれいで衛生的。
うん、誰だか知らないがさっきの彼女が言っている事は正しい。
秋山と広瀬はスマホから流れてくる声に、内心で赤べこの如く頷いていた。

それに手作りは…、ある程度仲が良く人間性を知っている人からでないと、何が入ってるか分からないような、成功しているのかそうでないかも分からないような、好意があるのによくこんな物渡そうと思えたなと感じるような手作りは、怖いのだ。色々な意味で。
それに職場で手作り菓子を配るのもやめて欲しい。そういう事は仲間内だけにしてくれ。

ただ、正直にこう言うと女の怒りを買うのは火を見るより明らかなので、
「既製品でも手作りでも、くれる気持ちが嬉しい」
「忙しいのに準備してくれるだけで俺はありがたいけどなあ」
と笑っておくのが正解。無難はいいぞ。

本当は手作りなんか論外だ。
もらうなら既製品一択。





―――― と、思っていた時期もありました。



三人で食事でもと弥生を誘って集合した居酒屋。
和の個室で、目の前に座る女の発言に秋山と広瀬は固まった。

「…おい、おい待て嘉月」
「え、あの時の友達って…如月さん!?」
「そだよー、よく覚えてるね。さつきも買った方がって言ってたし、ふたりも既製品の方がいいんでしょ?あの時は誤魔化してたけど、ふたりが今迄周りの女子にされてきた事考えたら流石に分かるって」

手をヒラヒラさせてきゃらきゃらと笑う弥生に、ふたりはぐっと黙り込んだ。

あの時、電話の向こうで見知らぬ女子が話していた事を、今でもふたりは滅茶苦茶よく覚えている。
それだけ印象的だったのだ。
男に渡す為に喜んで菓子を作るのが普通だとばかり思っていたから。
出会ってからのさつきのイメージとは、何というか、少し違っている気がするが…
あれは渡す側の偽りない内側だったのだろう。

「………」
「………」

沈黙が流れる。ついでに変な汗が流れている気もする。
嫌な間だ。
目と唇を三日月にしてニヤニヤしながらこちらを覗き込んでくる弥生は、ふたりに好きな女が出来てから手作り論外なんて言えなくなっている事に気が付いている。
さつきのバレンタイン云々を確かめる為に弥生を呼び出した事にも、多分気付いている。

「今度さつきとバレンタイン催事に行くから手作り無理らしいよって言っとくしぃ。好きなブランドとかあるなら教えて?薦めとくから。それとも百均ボックスに詰めたカルディで買ったカヴァルニーがいい?あれ美味しいんだよね。ちょっと待ってねさつきにラインしてみよ」
「待って!」
「待て!」
「え、あれだけの本音聞いといて、まさか今更手作りがいいとか言わないよね」
「………」
「………」

ぎくっとして目が泳ぎ始めたふたりに、弥生はスマホを手にしたまま大袈裟に噴き出すと大きな声で笑い出した。

「あっは、あはははは!さつきには作ってもらいたいんだ!いいの?ふたり的には手作りはどう作ってるかも何入ってるかも分かんないから気持ち悪いってのもあるんでしょう?そんなのさつきが作ったって同じじゃーん!」

的確な指摘にぐうと喉の奥がなる。

「それが好きな女だったら別?好きな女が出来たら別?とか?掌返すの早すぎない?」
「―――お、お前…」
「しかもまだ付き合っても無いよね!」

輝かんばかりの笑顔でずばーんと言い切られて撃沈。
切れ味が良すぎる。

「バレンタイン辺りで会えるかも分からないし、もらえるかどうかも分からない!けど!もらう積りでいる!しかも手作りの方!カルディのだったらどうしよう!?」
「…嘉月さん弄ぶの本当に止めて…」
「アーーーー!待って耐えられない!!」

女にあるまじき笑い方で畳の上に転がると、む、む、む、向井さーん!とスマホを弄り始めたので慌てて広瀬が取り上げた。


ひとりで散々笑った後、弥生は目尻の滴を軽く払った。

「あーあ、ホント可笑しい。どうしちゃったのふたりとも。そんなのじゃなかったじゃん」

あまりの爆笑具合に文句のひとつでも言ってやりたかったが、抑々反論の余地が無いほど弥生の言葉は正鵠を射ていた。
何とも締まりがないが、その通りなので何とも言いようがない。
ただ面白がってはいても弥生に男の馬鹿さを嗤う様子はないので、秋山と広瀬は苦笑いだ。

「でも悪い事じゃないよね。ちょっと価値観変わったり…人を好きになるってそういう事かなって思うよ」

にこにこしてグラスに三分の一程残っていたハイボールをぐびぐびと呷ると、タブレットを操作して一番高い日本酒をタップ。
宮崎地鶏の炭火焼き、鶏胸肉のたたき、六種肉盛り、牛ミスジのステーキ、牛タンの炙り焼きと単価高目の肉ばかりをふたりに何も聞かずにどんどんと頼んでいく。

「お、おーい」
「行ける行ける!今日広瀬君いるし食べ切れる。それに今日はふたりに奢ってもらうもーん!財布がいるから全然平気!」
「はあ!?」
「ふたりだってその積り(・・・・)で私を呼び出したんでしょ」
「………」
「………」
「いーよ。手伝う以上の事してあげる。ちょっと静かにしてて。ふたりとも私に感謝してよねー」

そう言うや電話をかけ始めた。
いつぞやの様にスピーカーで、もしかしてと思った所で、
『はーい。弥生?どしたの?』
思わぬ本人の登場に声が漏れかけたが、弥生がシッと人差し指を唇に当てる。

「今時間大丈夫?あのね、前にそれとなく聞いてって言ってた話あったじゃん?分かったよ〜ふたりともハンドメイドOKみたい」
(は!?)
(!)
『ホント?迷惑じゃないかな?』
「買うよりさつきが作った方が喜んでくれるんじゃない?」
『そうじゃなくて、』
「ああ、平気平気。寧ろもらえない方がショックだわ。絶対喜ぶ」
『じゃあ準備しよ…何がいいかな』
「生チョコサンド一択」
『えー?弥生いつもそれ…美味しいよね』
「今年も一緒に作ろ」
『うん。じゃあチョコ見に行く時に買い物も行こうか』

それから一言二言交わしてプツッと通話は終了。


「………」
「………」
「分かりましたか」

スマホから上がった視線が交わり、改まった物言いの弥生に秋山と広瀬の背筋が自然と伸びる。

「あの子はそれなりに思ってないと手作り渡すとか言いません。好きな人に食べて欲しいから作ります」
「「はい」」
「あなたたち勝ち確です」
「「はい」」
「バレンタインで決めて下さい。これで失敗したら男ではありません。去勢します」
「「はい」」
「秋山さん、広瀬さん」
「「はい」」

「よかったね」

きらっと音がしそうなほどいい笑顔でそう言われて、男ふたりは倒れ伏してしまった。

「何でも奢る…奢ります…奢らせて下さい…」
「やったーお留守番してくれてる彼氏君に鯖寿司持って帰るー」
「何でも好きなもん頼め…」
「えへへ、ありがと。さつきの生チョコサンドね、本当に美味しいから期待してていいよ」
「は?女神か」
「私にそういう事言っていいのは私の彼氏君だけでーす」
「ふはっ」
「はは」
機嫌のいい様子にこちらも釣られてしまう。

「ま、”もらえるだけありがたいと思え”って言われないように気を付けてね」
「…本当にもらえるだけでありがたいからな…」
「作ってもらえるというのがもう…」
「ちょっとちょっと感極まり過ぎじゃない!?まだ付き合ってもないしチョコ貰った訳でもないからね!?あーー!もうホント無理!どうしてこういう時に向井さんいないのー!」

身を捩りながらケラケラ笑って、今度は机をべしべしと叩き出した。
情緒ジェットコースターの弥生に何とも言えない表情になるがもう今日は仕方ないし、今何を言われても多分腹は立たない。
ただ女にここまでお膳立てされて、勝ち確とまで言われて失敗するのは、男としてはかなりまずい気がする。
まずい気がする、ではなくて、大分まずい。

「んっふ、ふっ、ま、とにかく…っ、頑張って」
笑いながらの超適当な激励を聞きながら、
「………とりあえず如月さんのスケジュール押さえるか…」
広瀬の呟きに頷いて秋山が胸ポケットのスマホを取り出した。



20220214 永遠のテーマ既製品と手作り問題w