blackbirdを唄って



 はじめてサイタマがゾンビマンの寝室に入ったとき、まず目に入ったのは、一本のアコースティックギター。それは、扉からさし込む光を反射して、暗がりのなか、小さく、つややかに、輝いて見えた。
 ピックガードに描かれたハミングバードは、不死身の彼には些か似つかわしくない可憐さをもっていたが、サイタマは首をかしげることもなく、すんなりとそれを受け入れ「弾くの?」とゾンビマンを振り返る。

「ああ、まぁ」
「へぇ、なんか聴かせてくれよ。子守唄にさ」
「子守唄って、もう大人だろう」
「お前からしたら25なんて子供と同じだろ?」

 家主より先に、ぽす、とベッドに腰かけて布団にもぐり込んだサイタマに、ゾンビマンは少し困った顔をして笑んだ。

「人には聴かせたことがないんだ」
「ラッキー、俺がはじめてだ」

 躊躇った台詞もサイタマはよろこびの材料として受けとり、これは頷くまで引かないな、とゾンビマンはゆるやかな諦めをひとつつけると、後ろ手に扉を閉めた。
 暗い部屋の中の、慣れ知った配置。ベッドサイドのランプに手を伸ばし、ちいさな明かりを灯す。ふぅ、と息を吐いてから、ゾンビマンはスタンドに立て掛けたギターを手に取った。
 ギィ、とベッドの縁に腰掛け、じゃあ、なにを弾こうか、と頭のなかの楽譜を探ると、弾き馴れた黒い鳥の歌がぱっとよぎり、これにしよう、と決めるよりも先に指先が弦をはじいた。
 5弦、1弦、3弦、と順に続き、刻まれていくメロディに促され、舌はなめらかな音を生み、唇がそれを歌にする。

――Blackbird singing in the dead of night

 サイタマが抑揚のない声で「英語だ」と言った。
 小さな声はそれだけ言うとすぐに止んで、部屋のなかにはギターのもつあたたかい音と、物悲しいメロディ、真夜中を切り取って作った、低く掠れた声がしんと広がる。
指を滑らせると、擦れた弦がキュと音を立てた。

――Take these broken wings and learn to fly

 何度も口ずさみ、弾き語った黒い鳥の歌。
ゾンビマンは、その歌をまるで自分のようだと思いながら、ずっと鳴らしていた。

――All your life

「死」のように暗い夜の中で、歌をうたう黒い鳥の歌。一昔前に流行った、ロックンロォルを売りにした、四人組のバンドの曲。そのバンドの曲で、いちばん気に入っていたのが「黒い鳥」だった。
 とっぷりと日が暮れ、空一面が真っ暗になると、傷を残さないはずの身体の、その真ん中、ずっと奥のほうがぽっかり穴を開けたように冷えるのだ。埋まらない穴を慰めるように、繰り返す夜の静けさに飲まれないように、ゾンビマンはギターを鳴らし、一曲のうちに描かれた、5分程度で終わる短い人生を、自らの虚空に詰めた。
 いま、その積み重ねた虚しさの片鱗を晒しているのだと思うと、虚ろな日々に引きずられ、指が鈍りそうになる。寝しなに聴かせる歌じゃなかったかと、後悔しそうな胸中で、ちらりと窺ったサイタマの表情は、けれど、普段よりとてもやわらかに見えた。
 もとよりサイタマは、歌の意味など理解していないのだろう。そこに含まれた、ゾンビマンの過去も知り得ない。うつろばかりを纏わせた歌も、サイタマにとっては、ゾンビマンがはじめて聴かせてくれた歌、という特別な価値しか持っていなかった。
 何十にも重ねてきた夜。ゾンビマンがたったひとりで癒えない感情を持て余した部屋には、いま、サイタマがいる。
 サイタマはどこか楽しげで、とてもゆるやかで、部屋が少しだけ明るく見えた。
 藍色ばかりに染まっていた寝室でまどろむサイタマを意識したとたん、ゾンビマンの頭は余計なことを考えることを止め、口元は思いがけずゆるんでいく。

――Blackbird singing in the dead of night

 伏し目がちに歌っていたゾンビマンに生まれたちいさなやわらかさを見つけ、サイタマは同じだけのやわらかさをもって目を細めた。その眼差しに、ゾンビマンの胸はかわいらしい音を立ててきゅうと狭くなると、それから、じっくり満たされていく。

――Into the light of the dark black night.

 何度も音にした「Into the light of the dark black night.」ゾンビマンはそれを、その言葉の意味までまるごと取り込んで、ようやくしんから歌うことができた。




 歌いはじめるまえと同じように、ふぅと息を吐き、弦から指を離す。
右腕に抱え込んだギターに、サイタマが手を伸ばして触れた。

「いい音」
「このギター、Hummingbirdっていうんだ。音がよかったからこれを選んだ」

 ギターに触れた手はするりと離れ、布団のなかに戻っていく。

「いい曲」
「気に入ったならCDやろうか?」

 自分はもう長いこと聴いていないし、もし気に入ったのならばあげたい、と思ったゾンビマンの思いとは裏腹に、サイタマは「いらねー」と微睡んで間延びした声を返す。
ゾンビマンはなんとなく、がっかりとした気持ちを覚えて「そうか」と返した言葉が、残念めいた色になっていないか、少しだけ気になった。
 フと逸らされ、下を向いた視線を追うように「ゾンビマン」とサイタマが呼ぶ。

「ぜんぶ、お前だからいいんだよ」

 ぽつりとそう呟くと、ずりずりと口元を隠すように布団にもぐり、さっきよりくぐもった声で「音も、曲も」と言葉を重ねた。
 ゾンビマンは、サイタマの言葉に数回のまばたきだけを返し、その間、言われたことを頭のなかで反芻した。
 好きなのは、音じゃない。好きなのは、曲じゃない。じゃあ――。
 ゾンビマンだから、好き。
 そうして理解に及んだとき、ゾンビマンは、これは、とても時間が足りない、と参ってしまった。
 不死身の身体をもってしても、サイタマという人間を愛する時間が、とても足りない。
足りないと思うのに、心は満ちてばかりいる。
 たった一晩、長い人生の、ほんの短い時間。そのなかで、容易く自分を変えていくサイタマの存在を、ゾンビマンはとても快く思い、このまま、サイタマが、丁度いいと思う自分に、変えていってほしいとさえ願った。だから「もう一回歌って」という要求も、躊躇いを捨て是とする。

「サイタマが寝るまで歌っててやる」
「じゃあ俺、ずっと起きてよ」

 ふたりで一緒に笑うと、心が通じあった気がした。
 ゾンビマンは満ち足りる夜をずっと待っていた。
 そうしてサイタマも、同じ夜を望んでいた。
 ふたりで作った夜。ちいさな明かりだけが灯った部屋は、とてもあたたかく満ちている。
作中出てくるのはビートルズの『ブラックバード』です。
またインディーズの曲で「寝る前にビートルズのブラックバードを歌って」というような歌があるので、寝しなに歌ってもらいました。
ハミングバードが描いてあるギターはそのまま『ハミングバード』という名前をしています。
素敵なお題だったので大好きなものをたくさん詰め込みました!



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