さあどうぞ






 やわらかな布団に寝かされて、のし掛かる身体に応えるよう背中に腕を回す。見た目よりもずっと逞しい背中を撫でるとちいさな笑い声がクツクツと低く響いた。そのまま伸ばした腕を首の裏へと持っていってもっと身体を近づければ、お返しに顎にキスをされる。
 慈しむように頬を撫でる手は硬くかさついているのに、ジっと見つめてくる熱を持ったふたつの瞳は、薄明かりのなかで渇きも知らず静かに輝く。
 俺は目を閉じ、はぁ、と息をついて、腕を回した首を引き寄せ、らしくもない動作で頬を擦り寄せた。
 手探りで髪を括る結い紐をほどくと、ぱさりとほどけた音と共に、こぼれた髪に肌をくすぐられる。「イタズラするんじゃない」と少しおかしげに咎める声は大人の余裕を含んでいて、今度は擦り寄せた頬に口づけられた。

「なぁ、口にも」

 子供のようにねだると、望むがままにやわらかい熱が与えられる。お互いに、やわらかさのない身体を持っているはずなのに、それを使って、この身に残された誰も知らないやわらかい部分を暴いていくのだ。
 薄く唇を開けばぐにゅりと熱い舌が入って、舌の裏側を舐められる。急いた動きのひとつもなく、ゆっくりと紐解いていくように、この男はいつも俺を蹂躙した。ほどけた髪のなかに手を入れてそれを享受すると、身体に掛かる重みが増す。
 何度も、何度も、唇を交わらせ、漏れだした熱い呼吸は上擦り、ふれあう箇所はしっとりと汗ばんでいく。どくどくと音を立てる心臓は次を期待して高鳴っていた。
 絡んだ舌を解いて立つ濡れた音に目の表面が茹だる。
 は、は、と乱れた呼吸を繰り返し、俺を見下ろす目を見つめるとフッと笑われた。その余裕綽々といった表情にあわせて、俺もわずかに笑ってみせる。

「ね、オッサン、手貸して」
「俺はまだオッサンじゃないって言ったろ。ガキ」

 じゃ、あんた、ガキとこんなことしちゃうんだ。
 ちょっとおかしくなって、ゆるく持ち上がった口角が更に上を向く。

「いいから、手」

 頭の横に腕をついて、かさついた右手にまた頬を撫でられる。一向に寄越されないその手に自分の右手を伸ばし、ちょんと指先が触れ、もう少しで捕まえるというとき「おいこら」と笑った声と共に、ぱっとアトミック侍の手が遠退く。
 舌打ちを飲み込んで見上げれば、にやりと唇を歪めた男がいる。

「握手はしない。俺のとこまで上がってきてからって言ったろ、若造」
「その若造と、とっくに握手以上のことしてるくせに」
「あぁ、握手よりいいだろ?」

 まぁ別に、あんたとの握手に固執してるわけじゃないけど。
 敷かれた一組の布団の上で手を取るか、とらわれるかの攻防戦をささやかに楽しむのが好きだ。あんまりにもちっぽけな戦いに勝敗なんかは必要なく、ムキになるふりをして、ほんとうはずっと笑ってる。
 垂れている髪を指で掬って耳に掛けてやると、その指先にキスをされた。

「俺たちがこんなことしてるってさ、あんたの弟子たちが知ったら驚くだろうな」
「それはお前のとこのだろう」
「ジェノスは驚かないんじゃないか?」
「へぇ」
「代わりに、あんたを殺そうとするかも」

 目の前の大人はそれでもまだ笑みを湛えて、口の端をきゅうと持ち上げたまま「お前はほとんど表情を変えないから、冗談に聞こえねぇな」と言う。
 もし、冗談じゃないんだけど、と言ったら、いつだって余裕そうな顔をしているこいつも、ちょっとくらい慌てるのだろうか。それとももっと笑うのか。
 口を開こうとすると大きな手のひらに肩を撫でられた。二三度、擦るように撫でたあと、するりと布団のなかに潜り込んだ手は、腹筋の凹凸を確かめるように動かされる。その慣れ親しんだ感触はたちまち身体を敏感にさせ、真似事の余裕はあっけなく覆された。

「お喋りは後にしよう、な」

 耳のすぐそばで聞こえたじわりと熱い声。それは男の欲を孕んでいる。薄く細めた目は突きつけられたその欲を受け入れるために涙の膜を張り、俺の首筋に顔を隠したアトミック侍の手の動きを、感覚だけで追った。
 熱く爛れた声はいつもよりなんだか焦れているように聞こえたけれど、この男が余裕をなくした姿を拝むときがくるのなら、その頃俺は正体さえなくしてるだろう。なにせ、いまだってもう、こんなになってるんだから。
 伝えようと思った言葉はふるりと震え、肌が触れ合う音のなか、吐息になって消えてしまった。





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