Valentineday



昼休み、いつも通り図書室で本を読んでいた。人目を避けた1角、自分の特等席。そこで普通に本を読んでいただけなのに目の前から視線を感じる。なんだ、と顔をあげれば彼がいた。一体全体何のようなのだ、手元に本はないから本を読みに来た訳では無いのだろうけれど。
「...何か用ですか。」
「ん、せやなぁ。」
いつものような何を考えているかわからない顔をしてそれだけ言う。訳が分からなくて再び視線を本に戻す。しばらくすればどっかに行くだろうと思って。なのに待てど暮らせどどこかに行く様子がない。あぁ、もう。
「なんですか、ほんとに。」
「......ゆい。」
理由を聞くために問うたのに返ってきたのはゆるりと開かれた目と囁かれるように紡がれた自分の名前で。この人はそれに私が弱いのを知っていて、態とその声で私を呼ぶんだ。本当にタチの悪い。火照る顔を隠したくて机に額を押し付けた。ガン、と音が鳴ったがこの際仕方ないと思いたい。
「ちょ、ゆい。大丈夫なんか?」
誰のせいだ、誰の。心配しているような振りをして声が楽しそうなのはきっと笑っているから。結局全部、先輩の手の上で転がされてるだけ。
「大丈夫です。で、なんですか。」
返した声は上擦ってなかっただろうか。必死で押し隠したところできっとバレているのだろうけれど。素直にするのは少し、癪に障るから精一杯の抵抗を。そんな私の様子にクツリ、と意地悪そうに笑う声が聞こえて。きっと、悪い顔をしている。私の、好きなあの。顔を上げれば視線が交わるのだろうな、それで、また、先輩はしたり顔をするのだろう。だから絶対、上げてやらない。しかし、先輩は一体何しに来たんだろうか。
「バレンタイン、やで?」
「え?」
「今日、バレンタインやで。」
「いや、はいそうですね?」
ふぅ、と小さく息を吐くのが聞こえてポツリ、呟くように落とされた言葉は予想外でおもわず顔をあげてしまう。何が言いたいのだ、どこに話をもっていきたいのだろう。
「なんや自分、案外鈍感か?」
「いきなりディスられる意味がわかりません。察しが悪いのは、まぁ、認めますがそれは先輩の文の脈略のなさも悪いかと。」
「相変わらず思たことすぐゆうなぁ。」
「事実です。」
「ほなすまんかった。せやけど、ほんまに分からんか?」
「......バレンタイン?チョコ、くらいしか思いつかないですけど。」
「せやなぁ、若松にはあげたんやろ。」
先輩にはそんな話一度もしてないと思うんですけどね、どこの情報ですかね。あと少し声が低くなったのは気のせいですか。気のせいじゃないですよね、だって目開いてますもんね!なんならちょっと怒ってますよね。
「んん、まぁ、一応。義理チョコですけど。」
「義理でもあげたんやろ?」
「......え?」
先輩の会話から脳が導き出した結論に自分の心が付いていかなくて吐き出すように声が出た。そんな私に先輩は少し困ったように笑うのだからこの答えがまるで正解みたいに思えてしまう。
ありえない、だってそんな、思い上がりも甚だしい。
「分かったみたいやなぁ。で、くれへんの?」
「あ、え、いや、だって。え?」
「いや、答えになってへんで。」
どうなん?と見透かすように見つめられてしまえば何も言えなくて。だって、作れるわけない。バレンタインのチョコなんて作れる訳がなかった。作ろうと思ったけれどきっと邪魔になってしまうと思って作らなかった。私から、なんて。先輩は色んな人から貰うだろうし、私は先輩に渡していい人間じゃない。
そう思っていたのに、そんな事言われたら期待してしまう。
バクバクと心臓がうるさい。下を向いて目を瞑り手を握りしめる。先輩の顔は見えないし、何を思ってるかなんて想像すらできないけど。でも、期待してしまったから。言っても、いいかな。
「...先輩のは、ないです。」
「ほぉか。」
「でも、少し。少しだけ待ってください。ちゃんと作ってきます。そしたら、受け取ってくれますか?」

少しの沈黙。握りしめた手が痛い。耐えた時間は何時間にも感じて、言わなければ良かったなんて後悔までしてしまう。いらないって言われかもしれないな。あぁ、それは嫌だな。結構、辛い。
「そら嬉しいわ。待っとるで。」
けれど聞こえてきた言葉は全く真逆で。え、と顔を上げれば不意に頭に心地よい体温が乗せられる。くしゃり、と撫でたあと離れたそれ。そして席を立つと先輩は図書室から出ていった。それを呆然と見るしかできなくて。先輩の背中が見えなくなって脳がゆっくり回り出す。何が、どうなったのか、理解してしまう。
「う、そ?」
そっと頭に手を乗せる。そんなことしたって何がわかる訳でもない。でも嬉しくて信じられなくて、心臓が痛くて。夢でも見てるようで。
「明日死ぬのかな......」
本の内容なんて全て忘れてしまっていた。




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