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(でもこれで…、これで本当に良いのでしょうか……)

女性は悩みと葛藤していた。
ただただこれから自分の為すべきことは未来にとって果たして本当に正しいことなのだろうか、と。
もしものことと仮定し、この選択が誤りだとするのなら、自身のしたことは全て遠い未来に世界の命運を託された者達への障害となり、時として牙を向けることになってしまうだろう。

だからこその迷いでもあった。
全てが裏目に出るようなことは絶対に、何が何でもあってはならないこと。
それは女性にとって、切実な願いそのものだった。


(……けれど最早私に“選択する”という権利など残されていない。だから私は必ずややり遂げなければ。世界の……そう、世界の未来を守り抜く為にも――…絶対に)

それはもう、自分自身が初めから心に決めていたこと。今更後戻りをするなんて許されまいのだから。
そう頭の中で何度も同じ言葉を復唱しながら、女性は力一杯に瞑っていた目をゆるゆると開くと、胸元で強く握り締めていた両手を自身の前に差し出した。
 
そんな差し出した両手には徐々に収束していく小さな光。
だがそれも暫くすると、大きな“光の結晶”となってその姿を顕現する。

まるで鼓動しているが如くに何度も眩い光を瞬かせては消える繰り返しをする結晶は、まだ深い眠りにつく胎児のようで。
その結晶を女性は壊れ物を扱うような優しい手つきで法陣の中心まで抱きながら持っていくと、一瞬だけ躊躇いの色を見せた後、空に掲げるようにして両手を上げた。


(これは私の最初で最期の賭ですから)

すると光の結晶は天へと昇り行き、不気味に染まる赤い空を穏やかな光で包み照らしたかと思えば、弾けて消えた。
そして再びその空間には初めの静寂さだけが戻る。しんっ…――と不気味に静まり返る中、暗雲がまた空を覆い始め、まるでその光景は暗雲が月と星の輝きを嫌うようだった。


(これで私の役目は終わりました。そしてこの役目こそ)


《私にしか出来ない唯一のこと……》

消えた結晶を見届けた後も暫しの間、女性は何をするわけでもなく、強張った面持ちで赤い空へと視線を注いでいた。
眼前に広がる赤い空に徐々にくすんだ黒みが混じり、赤黒くなって空一帯を支配する。その理由(わけ)は、すぐさまわかった。

ポツリ…ポツリと。乾ききった大地に降り注ぐ、まるで空が嘆いているようにも感じさせる透明な雫――…雨。
それに混ざって微かに聞こえてくるおぞましい黒き戦乱の音に女性はぴくりと反応すると、今まで空に向けていた視線を広大な大地のある一点に移した。