3




◇◇◇


《時が……、世界の命運がかかった時が今、動き始めようとしている》

満月の夜空の下、どことなく憂いを帯びた一人の女性が自身の長い髪を靡(なび)かせながら誰に言うわけでもなく、ただ譫言(うわごと)のように空に向かって呟いた。
透き通った硝子を連想させる双眸で見つめる先は、果てしなく広がる空に瞬く、幾千・幾万の煌めきを放つ星々。

その輝きを放つ綺麗な光景とは裏腹に、女性はふと悲しげな表情を浮かべると静かにその目を伏せた。

――…するとどうだろうか。
まるでそれが合図だったかの如く、次の瞬間、大地が、漆黒の夜空が、穏やかな波を立てる海が禍々しい光を帯び、そして至る所で地響きが轟き始める。


《……。もう、もう私に残された時間はあと僅かしかない》


先程とは一変して禍々しい【氣】で充満する血のように赤く、不気味に染まった空。
そんな空を目を細めながら眺め見ると、一体女性は何を思ったのか。

徐(おもむろ)に自身の背中から神々しく輝く羽根のような翼を広げると、その場に似つかわしくない美しい旋律を奏で始めた。
その光景はまさに、一人の女神が一言一言に想いを込めて旋律を奏でているようで。

一方女性が佇む空虚な部屋全体は、まるで時さえもが彼女の歌う姿に魅入られてしまったが如く、翼から溢れ出る白い光に包まれたまま、刻々と刻み行く時を止めた。
それ程にまで女性の姿は美しく神秘的で、それでいて儚げだった。


《――…、……》


そうして歌を紡げば紡ぐ程、女性の足下には次々と複雑で且つ繊細な紋様が浮き上がり、それは丸い円形を描き、“巨大な法陣”として徐々に形作られていく。
法陣は、光とそれに対をなす闇、そしてあらゆるモノの時間を司る時と自由の象徴でもある翼をそれぞれ象(かたど)ったどことなく神聖さを漂わせたもので、暫くして旋律が奏で終わるのと同時に、全ての紋様が床一面に広がった。

度々法陣が淡い光を放ちながら輝く様子は、その場をより一層神聖な雰囲気を際立たせている。


《これで輝きのある未来へ導き行く【鍵】は全て揃いました。……後は、私の最後の望みを賭けた【光】を在るべき所へ送り届けるだけ》


そう言いながら自身の背丈以上もある長い杖を静かに床に置き、ゆっくりとした動作で目の前に浮かび上がる法陣に触れる女性の表情は、やはりどこか切なげだった。
だがそれも束の間のこと、ふとした時に脳裏に【不安】という二文字がよぎり、段々とその表情を鈍く、更に曇りがかったものにしていく。