私は今、バスに揺られている。窓から見える流れていく景色は、自分の知らない土地のもので、その窓の手前には――。
「はるかちゃん、大丈夫?」
清水潔子だ。いや、本当に。美女なのだよ。ビックリするぐらい。漫画での、すれ違う人がみんな振り返っているあの表現は間違っていないと思う。
その美しい姿に見惚れるようにずっと呆けているのを潔子さんが心配してくれている。
「だ、大丈夫です」
清水潔子が微笑んでいる。私に笑い掛けている。なんてこった。心配させまいと私は潔子さんに、へらりと笑い返す。無駄に緊張しているのは許してくれ。
なんせ今、正に青葉城西へ向かっている途中なのだから。
(日向じゃあるまいし……)
そんなことより私は何故こんなところにいるのだろうか。それだけが謎だ。いや謎というか、影山のせいというか。何というか……。
まあとにかく、私は青葉城西との練習試合にマネージャーという名目で連行されているのだ。
この間の土曜日、影山以外の1・2年生が帰った後、残ったテーブルで何やら日向のポジションの話をしていた。
これに関しては漫画通りなので何も文句はないし、むしろ目の前でしてくれてありがとうって感じだった。
問題はその後だ――。
▼▼▼
「お前はどう思う?」
暇という口実の下、この世界の情報を得るために新聞を読んでいると視線を感じ、ふと顔を上げた。その視線は影山のものだということを理解した後に、影山に何かを問われたのだと察する。
「はい?」
ほんの間を空けて、もう一度言ってくれという意味を込めて返答する。
シンプルに何を言っているのか聞き取れなかったのだ。だって新聞読み込んでいましたから私。
「だから、お前は日向のポジションについてどう思う?」
「え、知らないけど」
即答すると、影山が拍子抜けしたような顔をする。しかしそれは一瞬で、すぐにグワッと(漫画でよくしてる怖い顔)表情を険しくした。
そんなに眉間に皺を寄せられても、私困ります。
すると、急にガタっと影山が立ち上がり、こちらへ怖い顔でずんずん近寄ってくる。
え、なになに怖い怖い。そしてカウンターにバンッと両手を着いた。
顔怖いです、影山くん。
「お前も見ただろ! あのバネも、身体能力も!」
「見たけど……」
「だったら何かあるだろ!」
「……何かって、なに?」
「な、何かは何かだよっ」
自分がめちゃくちゃなことを言っている自覚はあるのだろうか。
影山くん、君は関係の無い人に意見を聞くようなキャラじゃないだろうに。
急にどうしたのか分からず、影山の顔を見つめたまま首を傾げた。
「おいおい、急にどうしたんだよ影山!」
「コラやめなさい! 困ってるだろ!」
菅原さんと大地さんが影山の両サイドから肩を持って制止をかけてくれる。
それでも影山は、どうやら納得していないらしい。「スンマセン……でも……」と、何やらゴニョゴニョ言っている。
「影山の言う通り、MBで良いんじゃないの」
私が何か言わなければきっと納得せず粘り続けるであろうと判断し、面倒くさいという感情を顔へ前面に出しながら言った。
ここで受け入れてしまっては、後々面倒くさいと私の直感が言っている。とんでもなく鬱陶しそうにしているのがベストだ。
「話、聞こえてたのか」
「……こんなに近かったら嫌でも聞こえてくると思います、たぶん」
大地さんが驚いたように呟いたので、「やばい」と思って適当に言い訳を述べる。聞こえてたというか、もともと話の内容を知っていたというか、何というか。
少々の罪悪感を覚えながら、こればっかりは知ってしまっているのだからしょうがない。と、自分に言い聞かせる。
「いやでも……そうか」
そう言って何か考え込むようにして大地さんは黙ってしまう。何故か嫌な予感がするのは気のせいではない。少しドキドキしながら、大地さんの次の言葉を待つ。
「なあ――」
……そうだ。どんなに面倒くさがろうと、どんなに鬱陶しがろうと、返事をしている時点で受け入れていることに変わりはないことを、この時の私は気付けなかった――。
▼▼▼
「うわあああ!! 止めて!! バス止めてえええ!!」
あ、日向が吐いた。土曜日での出来事を回想している最中に田中の声がバス内に響き渡り、後ろを振り返る。
前の方に座ってて良かった、近くよりは匂いがマシだろうな。と他人事のように考えていると、月島と目が合った。
うん。フッと見下したように鼻で笑われたのは気のせいではない。
あれはそういうキャラだ。仕様だ。我慢、我慢。同じクラスというのも手伝ってか否か、月島は私を小馬鹿にするのがお気に召したようだ。
月島くんは人を煽らなければ生きていけない民族か何かなのかな?
まあ、からかってくるだけ無関心ではないという証拠なので良しとしている。
好きな漫画のキャラクターに空気みたいに思われていたらちょっとどころか、かなりショックだからね。
ていうか、あれでしょ。ツッキーがいちいち私を小馬鹿にしてくるのは私のことが好きだからでしょ? ほら好きな子ほど苛めたくなるっていうヤツ。
うん、ちょっと調子乗った。だからそんなに睨まないで。ごめん、ツッキー☆
「大丈夫か、日向ぁ! 田中ぁ!」
そうだ、日向が吐いたんだった。と思い出して、最後列に視線を移した。
日向はバスの座席に倒れ込んでおり、その横で田中が半泣きで嘆きながらジャージのズボンを持っている。
そして、菅原さんがわたわたしている。紛うことなき天使だ。如何せん天使だ。
この間のエンジェルは少々言い過ぎただけなのだ。誤解なきようお願いしたい。
(※彼女は無自覚にオタクを発揮していますが、ご理解の程お願い致します。菅原ファンの皆様、彼女の代わりにお詫び申し上げます。)
「だ、大丈夫!? 待って、もう少しで着くから! 今、止めるとこなくてっ!」
バスを運転している武田先生が慌てながらそう言った。ていうか、教師なのにバスの運転できるってすごくない?
あれって、免許取るの結構大変じゃなかったっけ? 優秀かよ武ちゃん。
「日向、大丈夫かな」
「大丈夫ですよ。ただ緊張してるだけみたいですし」
麗しく日向の心配をしている潔子さんは、私の言葉に静かに頷いた。ついでに「はるかちゃんって何だか大人っぽいね」とのお言葉も頂戴した。
まあ、当然なんですけどね。だって実際年上ですし。何回もしつこいようですが、私もう大人なんです。
そんな考えを見透かされないように、にっこりと微笑みながら「そんなことないですよ」とだけ言っておく。
▼▼▼
バスが無事、青葉城西へ到着した。みんなバスを降りた時、心なしか解放感のある表情をしている。
まあ無理もないでしょう。日向の嘔吐物の匂いがバスの中に漂っていたのだから。
体育館へと向かって、威圧感のある黒いジャージたちの後ろを仕方なくついて行く。
ドリンクを作りに行くという潔子さんについて行こうとすると、何故か断られたのだ。
じゃあ私は何をしにここへ? と疑問はあれど、何となく嫌な予感はしている。この予感はあれだ。あの影山の澄ました顔のせいである。
「ボーズで目つき悪くてさー、アッタマ悪そうな顔した……」
建物の陰から、田中さんの悪口が聞こえてくる。誰だっけか。矢巾さんとかいう人だったな、たしか。青城戦で狂犬に突っかかってた人だ。あと、谷地ちゃんに絡もうとして失敗した人。
狂犬とのシーンではカッコよかったんだけどな……。
「ウチを、あんまナメてっと……喰い散らかすぞ」
なんて私が関係のないことを思い出している間に、田中が絡んでいた。そして立ち位置的に、私まで巻き込まれるはめになっている。
しかも影山の横に並んで歩いていたため、わりとセンターポジションだ。どうしよう。威嚇に参加するつもりなかったんだけどな。
「ほらぁ“エリートの方々”がびっくりしちゃって、可哀想じゃないですかあ」
ほんと憎たらしい表情するよね。漫画読んでた時は、カッコイイとか思ってたな。
いやまあ、カッコイイのは認めますけどね? 今はそれ以上に憎たらしいです、はい。
すると、矢巾さんと不意に目が合った。何だろう、と思いながらも、一応会釈だけはしておく。挨拶って大事だよね。
「マネが増えてる……! しかも可愛い!」
「ふっはっはっは! これぞ烏野の本気よぉ!!!」
「マネージャーではないですが」
盛り上がってるところ悪いけどマネージャーではありません私。否定だけはさせといてください、すみません。
ていうか、漫画に存在しないやりとりをしないで頂きたい。どうしたら良いのか分からなくなるから。
あ、大地さんがこっちに向かって走って来た。とりあえず、助かった。と一息つく。
「お前らっ、ちょっと目離した隙に! 明智も何やってんの!」
あれ、何故に私まで怒られなければならないのか。とりあえず大地さんがお怒りなので「すみません」と言う。不本意だ、誠に不本意だ。
「久しぶりじゃねーの、王様」
金田一ことらっきょヘッドだ。この世界の登場人物って基本的に大きいよね。だからなんかもう、錯覚してきた。2メートルなきゃもう大きいって思わないぞ! なんつって☆
「烏野でどんな独裁政権、敷いてんのか楽しみにしてるわ」
「独裁政権かあ……」
漫画で見たなあ、なんて遠巻きに思っていた筈だった。ていうかこれからもそのつもりだ。……お気づきの方もいらっしゃるかもしれんせんが。
そうです、私独り言が大きいんです。
トリップする前から周りの人によく言われてましたが、まさかこんなところでも発揮してしまうとは。如何せん不本意です。
「な、なんだよ」
「……」
この場にいる全員の視線が私に刺さる。私は真顔をキープしつつ、内心は動悸を激しくさせながらどうやってやり過ごそうかと思考を巡らせる。
その間、緊張と動揺のせいでらっきょヘッドの目から視線を外せずにいた。らっきょヘッドは私と目を合わせて何故か「ウッ」とたじろいでいる。
なるほど、私に見つめられて照れちゃってるんだな。(※錯乱中)
それにしても原作と流れを変えてしまった。……いや、そんなことを言ってしまえば私がここにいる時点で原作と違うではないか。
なんかこれ第1話か2話でも同じような思考回路になってた気がする。
(※そういうメタ発言はやめて下さい。by管理人)
あ、菅原さんそんな愛くるしい瞳で見つめないでください。萌え死にそうです。っていかんいかん、そうじゃないよ。変なこと考えてる場合ではないぞ。あ、でも別に変なことではないか。だって菅原さんが可愛いのは常識だもんな(?)
……言うなれば、影山月島の出会い衝突シーンに立ち会っている時から、もう既に原作と話の流れが違うんじゃなかろうか。
(※話戻すの強引過ぎません?by管理人)
それにしても山口ビビッてて可愛いなあ、かわええなあ。髪の毛ぴょこってなってんの可愛いなあ。あ、なるほど天使2号なのか。
(※この心の葛藤のお時間、およそ2秒程度頂戴しました。)
「って、そうじゃないよ!!!」
……やってしまったとは思っている。いや、でも、菅原さんと山口が可愛いのが悪いと思うんだ。
私の馬鹿ヤロウ、だからそういうことじゃないんだってば! なかなか抜けないオタク気質をこんなにも恨む日が来るなんて!
そしてあろうことか私の大声に山口が驚いて肩をビクッとさせているのが目に入ったのが運の尽きだった。
――馬鹿ヤロウ山口! 可愛いよくっそがあああああ!!!!
「お前が悪いんだぞ! なに中学生で独裁政権なんか執ってるんだ!」
【明智はるかは影山飛雄に‟やつあたり”のこうげき! かいしんのいちげき! 影山飛雄は1438のダメージ!】
脳内にそんなテロップが浮かんだのは言うまでもない。
「……んだとボゲ! コラァ!! 独裁なんかしてねーよ!!」
「それが本音か影山よ! お前の顔が怖いのが悪いんだ! 威圧してるからチームメイトも何も言えなくなるんだろ!」
「元からこういう顔だボゲェ!!」
「じゃあ鏡の前で笑顔の練習でもしてろバーカバーカ!」
「なんだとボゲコラァ!!!」
「悪口のレパートリー少ないなっ!!」
私は何故、影山と喧嘩なんぞしているのだろうか。今年で27歳とか大人ですよアピールもうやめます。なんかすみませんでした。
身体が若返っているからか、精神年齢も思春期の頃に戻っているのだろうか。トリップしてから沸点が低くなっている気がする。
「おい影山!」
「なんだ明智ボゲ!」
「中学の頃の話はお前が悪い!」
「っ!」
「影山お前は大いなる過ちを犯した!」
「そッ……れは……っ」
影山が苦虫を嚙み潰したような顔をする。そんな顔をするな影山よ。
(※急にカッコつけんな誰口調だよ。by管理人)
もうどうとでもなれのテンションで私は喋り続ける。原作通り? 原作の話を変えてしまったら? もう、そんなことはどうでもいい。だってどうせ、勝って勝って、負けて、そんで勝って。
そうやって勝手に烏野は強くなるんだから。
(※だから急にカッコつけんなって、主人公か。by管理人)
いや、この夢小説の主人公だわ! アンタが作ったんでしょうが!
「でも、人間はみんな誰でも過ちを犯す!」
(※あ、続けるんだ……。by管理人)
続けます! ワタシ、シュジンコウ! アイムヒロイン!
(※メンタルえぐい……。by管理人)
私の言葉に、その場にいた全員が目を見開いた。
……菅原さん可愛いとか山口かわええとか。全く! 全然! 思ってなんかないんだからね!!(私のツンデレって誰得だよ。)
そんなことを頭の片隅で思えるくらいには、今の私の思考は断然クリアなんだと思う。
それでもこんなことを口走ってしまうのは、忘れもしないアイツが言った言葉のせいだ。
「過ちを犯すことが“悪”なんじゃない! その過ちを悔い改めないことが“悪”なんだ!!」
「――――ッ!」
影山が息を呑むのがスローモーションで見えた気がした。そしてゆっくりと、ひと瞬きするとやはりどこか悪役のように「ああ」と笑った。
私は自分の頭の中に蘇った過去の記憶たちを振り切るように、金田一ことらっきょヘッドの方へと振り返った。
「と、云うことだ!」
「ッ……な、なんなんだよ……」
ごめん、矢巾さん完全空気。悪いとは思ってます。勢いよく言いすぎた感は否めない。だって私いま猛烈に後悔してますからね。
何を言ってるんだか。こんな、私が出しゃばらなくてもこの世界は上手に廻っていくというのに。
そんな事実を何となく、今、実感してしまっている。だからやっぱり何となく、顔を俯けてしまった。
そこへ、少し傷んだ運動靴が視界に入ってきた。その運動靴の先を辿ると、そこには影山がいた。
「金田一、俺も楽しみにしてる」
よもや影山がそんなことを言うとは誰が思っただろうか。てかやっぱりお前の笑ってる顔は悪役みたいだな影山よ。
反対から、ふわりと人の風を感じて反対を向くと田中が悪い笑顔で立っていた。田中はこちらをしたり顔で見やると前方へ向き直る。
「影山が中学の時と同じかどうかは試合で見たらどうだ。らっきょヘッドくんよ」
「た、田中先輩……!」
なんて良い人なのだろうか。悪役感は否めないが。影山のフォロー然り、ナチュラルに私のフォローまでしてくれるだなんて。いや、田中だからそこまで考えていないかも知れないけど。
“田中先輩”、今だけそう呼ぶことを許してください。(いや、どういうテンションだよ。)
「わははは! もう1回呼ぶが良い!」
「田中先輩っ!」
なんかこれどっかで見たことあるやりとりだな。と頭の片隅で思いながら、もはや田中に抱きつかんばかりの勢いでもう一度、田中の名前を呼んだ。
そして、だんだんと通常運転に戻ってきた思考回路から、冷やかし程度に「カッコイイ! イケメン!」と田中を囃し立てておいた。
「こーら、そこらへんにしときなさい」
悪ノリしている私に気付いたのだろう、菅原さんが咎めるように私の頭を軽くぽんっと叩いた。
突然のことに、私は身を硬くしてしまう。いや、全然痛くないけれど。寧ろとても優しいけれど。つまりこれは……。
事件だ――――!
私はきっと前世で世界を救ったに違いない。若しくは囚われの姫を助け出したのだ。いいや、寧ろどっちもという可能性もあり得る。