noon


05


 ソファにリンとなまえ、椅子にアキラが──ライカンに座るように勧めたが「お気遣いなく」と丁重に断られた──腰掛けていた。なまえは余計なことを言わないようにだんまりを決めた。床を眺め、ライカンの視界にできるだけ入らないとように身体を縮こませる。存在をできるだけ消そうという無駄な努力であった。
「さてと、どこから話すべきかな」
「最初から、じゃない?」
 ジーッと自分を見るリンの視線にアキラは苦笑する。どうやら、妹は何も言わなかった兄に大層お怒りのようだった。黙っていたのは悪いとは思うが、こればかりは仕方ない。まいったな、とアキラは頭を掻いた。
「では、私からご説明を」
 アキラを矢面に立たせることはできないとライカンが口を挟む。リンとしてみれば説明さえしてくれれば誰が話そうと関係ない。呼吸が浅いなまえの手を握りながら、リンはライカンに視線をやった。
「なまえ様、ご無沙汰しております」
 ゆっくりと、落ち着けるようにライカンはなまえに声をかけた。突然名前を呼ばれたなまえは恐る恐る顔を上げる。
「おひさし、ぶりです」
 先ほどまで意気揚々とライカンのことを話していたなまえの姿はない。面と向かって会うことはないと思っていた人物が目の前に現れた。その現実だけでなまえはどうすればわからず、視線をさ迷わせる。
「まず、なまえ様に謝罪を」
 「申し訳ありません」と深々と頭を下げたライカンになまえは呆気にとられた。なまえは立ち上がり、「あ、頭を上げてください!」とライカンへ駆け寄る。
「謝るのは私であって、ライカンさんではないと思います!」
「いえ、私はなまえ様にお伝えしていないことがございます」
「お、おつたえ?」
 何の話をしているんだとなまえは眉をひそめた。伝えるも何も、謝るのはどう考えても自分の方だ。なのに、どうしてライカンがそのようなことを口にするのだろうか。訝し気な表情を浮かべたなまえにライカンは続ける。
「私はなまえ様から依頼を受けておりません」
 「正確にはなまえ様の依頼はヴィクトリア家政にて受理されておりません」と淡々と話すライカンになまえは「へ?」と間の抜けた声を出した。ヴィクトリア家政が依頼を受理していないってそんなはずはない。なまえは情報屋から確かに依頼完了≠フメッセージも受け取っている。実際、指定日にライカンはルミナモール前に来た。それは依頼が受理されている何よりの証拠だろう。
「そ、そんな、うそを」
「虚偽はございません」
 淀みなく告げるライカンになまえは呆然と立ち尽くす。一体、何がどうなっているんだ。あんなに逃げてきたライカンの目をなまえはジッと見る。しかし、答えは見つからない。
「ストップ、すとーっぷ! 待って待って、どういうこと?」
 何が何だかわからないのはなまえだけではなく、リンも同様だった。ライカンの説明は説明ではない。ただ、端的に事実を伝えているだけだ。これだけでは事情がさっぱりわからない。
「つまり、ライカンさんに依頼を出したのはなまえさんじゃないってことだ」
 困惑した様子もなく、さらりとそう言ったのはアキラである。そこで、ライカンがなまえを引き留めるようにお願いしたのもアキラだったことをリンは思い出す。
「お兄ちゃん。もしかして、そういうこと?」
「そういうことだね」
 正解に行きついたリンはソファに自身の体重をすべて預ける。リンは悩んでいた自分が少し馬鹿らしくなった。
「知り合いからなまえさんが変な依頼をしてるって聞いてね。なまえさんには悪いとは思ったけど、僕の方からライカンさんに連絡してたんだ。ちょっと、知り合いが無茶なやり方で依頼するかもしれないけど害はないからって」
 ネタ晴らしはアキラからである。なまえの依頼した情報屋は自分たちも懇意にしている「羊飼い」だった。アキラだって驚いた。羊飼いから連絡がきたと思えば、突然なまえの名前が出てきたのである。世間は広いようで狭いものだ。そのおかげでアキラは先回りをしてライカンに連絡を入れることができた。まあ、アキラから連絡が入ろうと入らなかろうとなまえの依頼は受理されなかったが。ヴィクトリア家政は厳格な規定が存在しているのである。
「じゃあ、最初っからライカンさんはなまえ姉のこと知ってたってこと?」
「アキラ様からご事情と容姿等はお伺いしておりました」
「……ころして」
 耐えきれなくなってしゃがみ込んだなまえにライカンは「お召し物が、」と立ち上がらせようとする。
「お兄ちゃんが関わってたのはわかったけど。ライカンさんはなまえ姉に何の用があったの?」
「それは僕も気になってたんだ」
 アキラはただライカンに頼まれただけで詳しい理由までは聞いていなかった。なまえもライカンに会いたいだろうし、まあいいか──くらいの気持ちで受けていたのである。
 兄妹は揃ってライカンを見た。なまえの手を取り、ソファに移動させたライカンはその視線に咳払いをする。
「いえ、私事でございますゆえ」
「別に最初から仕事じゃなかったんだし、教えてくれたっていいじゃん! あ、なまえ姉のなでなでテクニックが忘れられなかったとか?」
 リンが「冗談だよ!」と元気に付け加える前に、ブンブンと何かが力強く風を切る音がした。
「じょ、じょーだんだよ」
 たはは、とリンは苦し紛れに笑う。まさか自分が特大の地雷を踏み抜いてしまうなんて思っていなかったのだ。変質的な執着を見せていたのはなまえのはずだった。なのに、蓋を開けてみたらどうだろう。蓋を開けてしまったリンは見なかったふりをして、すぐに蓋を閉めた。
 対するアキラは忙しなく動くライカンの耳と尻尾を見て、「なるほど」と小さく言葉を漏らす。目は口ほどに物を言う≠ニはよく聞くが、耳≠ニ尻尾≠燗魔トはまるんだなあと、オオカミのシリオンを見て改めて理解した。

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