「チッ…」
重い舌打ちを一つ落とす。
ここまでか…
数十年と続いた俺たちの組織は、今や壊滅状態に追い込まれていた。
「ここまで来ちゃ、行き着くところは一つしかねぇな…」
死ぬのは今更。怖くなんかねぇ。
独りでに吐く嘲笑めいた言葉は、タバコの煙と暗がりの空へ消えた。
共にやってきた奴らには申し訳ないが、俺は捕まるわけにはいかねぇ。あいつらの知り得ない情報を、俺は握ってるんだからな。あの方やラムが自決した以上、この秘密は俺の手で葬り去るのだ。
「ジンさん…」
こんな所にきてまでなまえの声が聞こえるなんざ、俺はもう隠し切ることにも、逃げ切ることにも、全てにおいて疲れちまっているんだろう。
俺とあいつは本来出会うはずのない存在だった。一般人と黒に染まった俺。
どうやったって住む世界が違うんだからなァ…
「ジンさん…!」
今度はコートにかかる重みとその声ををはっきりと感じ取り、後ろを振り向くといるはずのない奴がいた。
なんで、いるんだ…
ここはもうすぐ封鎖されちまう。他は既にどこも包囲されていて、今いる場所が最後のはずだ。
「何でここにいやがる。早く逃げろ。てめェには何の罪もねぇ」
「嫌です、ジンさんを1人になんかできません…最後まで一緒にいるんです」
「てめェ、自分が何してるのかわかってんのか」
いつものように威圧を込めて振り切ろうとしたが、それでもなまえは握りしめた裾を離そうとしない。
「くそッ…」
なまえだけには生きて欲しいと願っていただろうが。そうだった、はずだろう。それでも自分の罪を共に背負い、最後を迎えると言ってくれたなまえを振り払うことなどできやしなかった。
以前の俺なら迷いなくそう出来ていたんだろうが、今となってはそんな思考も働かねぇ。
「じゃあ、今すぐだ。これから先、俺と生きていく覚悟を決めろ」
「!…そんなのもう、ずっと決めてあります」
…もう何言ったって離してやらねぇからな。後悔すんじゃねぇぞ。
「こっちに来い」
自分の中でも決意を固めると、そう言って俺の黒く重いコートの中に招き入れる。すっぽりと収まるほど小さなこいつだが、覚悟を決めた分少し大きく見えた。
気づくと俺はぐっと力を込めてなまえをかき抱いていた。自分でも感じる。普段とは違う、慈しむような、心底愛おしいというような手つきでなまえの頭を撫でている。俺がこうしてやれるのも本当に最後なのだと嫌でも実感した。
「足りねぇ…」
こんな状況になって、初めてこいつにこういう顔を見せることになるなんてな。
「もっと、もっと近くに来てください…ジンさんの顔、見せて…?」
「なまえの顔も見せろ」
存在を確かめるかのように頬に置かれたこいつの手は温かく、ゆっくりと俺の輪郭をなぞる。
とめどなく溢れる気持ちを抑えられず、そのまま顔を近づけて深く深く口付けた。
このまま離れたくねぇ…
別れを惜しむように顔を離すと、俺はしまっていた銃を二丁取り出し、俺の愛用していたベレッタをなまえに預けた。
「これ、ジンさんの…」
「あぁ。これで俺の心臓を止めてくれ」
「私のは、ジンさんが止めてくれるんだよね…?」
「そうだ。… 怖くねぇのか?」
「大丈夫、ジンさんが一緒だから…」
そう言ったなまえの、トリガーに指を掛けた細い手を、ゆっくりと自分の心臓部へ誘導する。その手はやはり震えていた。
「最終確認だ。てめェは、この引き金を引けるんだな?」
「…引ける」
一瞬の間があった後、力強く答えたこいつの目には強い決意が滲んでいた。…さすが、俺の愛した女だ。
俺もなまえの胸にそっと静かに銃を構える。
「ジンさん、すき…」
「俺も、愛してたぜ」
……てめェのことはあの世とやらで、きっちり幸せにしてやるよ。
この呟きはなまえに届いたか否か。
暗闇に、乾いた二発の銃声が響き渡った。
2017/06/08