プロローグ
世界のはじまりの日、2003/06/19
二〇〇三年、六月。
昨日の帰り道に「明日、武蔵神社集合な」と圭ちゃんに言われたわたしは、えっちらおっちら自転車を漕いでいた。
夏というにはまだ早く、春というには遅すぎる、どっちつかずの陽射しの中。
タイヤの空気は出かける前に入れたばかりだ。軽やかなペダルをしゃこしゃこと漕ぎながら、ぬるい風を全身に浴びた。ああ、単車で集合できる他のみんなが羨ましい‥‥‥というか恨めしい。
二人乗りできない機体というわけでもないのに、とある誰かさんが「あきは乗せちゃダメ」なーんて、頑なに譲ってくれないのだ。
そのくせ本人は単車を持っていないものだから、大抵、圭ちゃんか堅ちゃんの後ろに乗っけてもらって移動する。自転車集合はわたしだけだ。ずるい、ずるすぎる、ずるいこと山のごとし。
ようやく到着した駐輪場に愛車を停めて、参道の階段を上がる。
境内に辿りついたものの、一般の参拝客が二、三人いるだけだった。駐輪場にバイクがなかった時点で予想していたけど、招集がかかったメンバーのなかではわたしが一番乗りのようだ。
みんな単車のくせに(ついでに無免許なうえどうせノーヘルのくせに!)、どこで油売ってんだ。
「はー、疲れたぁ」
木陰に座り込んで目を閉じると、控えめに吹く風がそよそよと頬を撫でた。
首筋に薄っすらとかいた汗が徐々に冷えていく。
しばらくそうしていると、頭上の木々が揺れる音に混じって、数台ぶんの排気音が近づいてきた。
さすがにまだエンジン音の聞き分けはつかない。マイキーたちに言わせると、「機体によって全然違う」らしいけど。
その後、どわっと神社に駆け込んできた堅ちゃんたちから少し遅れて、本日招集をかけた張本人が圭ちゃんの背中で爆睡した状態でやってきた。
どうやら仲間が、厄介な連中に目をつけられているらしい。
そうマイキーに相談したのは圭ちゃんだ。事態を重く受け止めて、仲間に手を貸すことを躊躇わなかったマイキーに、圭ちゃんはある提案をした。
オレらで暴走族を作るんだ、と。
「総長は天上天下唯我独尊男・マイキー!」
連日の話し合いはわたしの部屋で行われたため、圭ちゃんの考えたポジションもマイキーの考えたダサいチーム名も全部知っている。
「副総長は頼れる兄貴肌ドラケン。みんなのまとめ役三ツ谷は親衛隊、旗持ちは力持ちのパーちん。オレと“オマエ”は特攻隊だ」
たった六人で発足しようとしている暴走族。
マイキーの考えた『東京万次郎會』というだいぶダサい名前はともかく、結成自体にはみんな諸手を挙げて賛成した。
「んで、あきちゃんはどーすんの? 今日ここにいるってことは、外すわけじゃねーんだろ」
三ツ谷くんに向かって圭ちゃんは静かに笑った。
「あきは“法”」
法? と、パーちんが首を傾げる。
「オレらのなかで一番頭よくてマトモだから、法だ。女だしケンカもしねーしバイクにも乗せねーけど、何するときもあきに顔向けできねぇことはやっちゃいけねー。そういう、仲間だ」
なぜかわたしの部屋で話し合うマイキーと圭ちゃんに、疎外感がなかったといえば嘘になる。
わたしは女の子で、ケンカもできない。男の子たちはこれからどんどん体も大きくなって、強くなっていくだろう。いつかみんなわたしを置いていく。それが今このタイミングなのかもしれないと、別れの兆しを感じた。
でもマイキーも圭ちゃんもわたしの手を放さずにいてくれた。
巻き込まれちゃいけないから東卍のメンバーにはできない、それでも心は一緒に在る、そういうポジションをわざわざ用意してくれたのだ。
これから暴走族やろうって人たちが、なんて優しい。
「つまり、あきちゃんの顔見たら平和になれってことだな?」
堅ちゃんが穏やかに微笑むと、圭ちゃんはうむうむとうなずく。
「そういうこと。だからあき、オマエは常に平和な顔してろ!」
いや平和な顔ってどんな顔よと眉をひそめたら、まさしくパーちんが「どんな顔?」とツッコんだ。圭ちゃんてばフワッと無茶なこと言うんだから。
まあでも、そんな無茶ぶりも嫌いじゃない。
「うん、善処するね」
「これで決まりだな!」
とりあえずチーム名はまたあとで考えるとして、六人と一人の志はまとまった。
「どんなチームにしたい?」
マイキーが訊ねる。
圭ちゃんはそうだなぁと少し考えて、みんなの顔を真っ直ぐに見つめた。
「一人一人がみんなのために命を張れる‥‥‥そんなチームにしたい」
愛とナイフと、花束と銃と
「記念にみんなでお守り買おーぜ!」
「えっ、交通安全のお守り買うの? まず神頼みより先にやることあるでしょ。せめてノーヘルやめるとか」
「イヤイヤ、暴走族創ろうっつってるやつがメットきっちりしてどーすんのよ」
「堅ちゃんそこ開き直るとこじゃない」
「あきちゃんはバイク乗らねーし別のにする?」
「ねぇ三ツ谷くんなんでそこで微妙に仲間外れにしようとするの」
「オマエだけ安産守りにしてやるワ」
「いらなーい! わたしも交通安全がいい! 圭ちゃんのバカ!」