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ショッピングモールに到着してしばらくは、男物の財布や小物を眺めてぐるぐる歩き回っていたものの、昼食前になって飽きたらしい。
「もう何が正しいのかわからん」と頭を抱えてしまった幼なじみの肩をぽんぽんと叩く。
「まあまあ、昼飯にしようぜ」
「そうね……ご飯を食べながらゆっくり考えよう。一也なに食べたい?」
「なんでもいい」
「なんでもいいが一番困るのに」
「じゃあお前はなにが食べたいんだよ」
「なんでも美味しい」
「一緒じゃねーか」
フードコートの店舗ガイドを見つけたのでそちらに近寄った。
和食、洋食、ラーメン、うどん、海鮮、お好み焼き……。顎に手を当ててうんうん唸る英のつむじをなんとなく見下ろす。
「一緒じゃないよ。かずくんと一緒ならなんでも美味しいなっ」
「はいダウト」
「ばれたかぁ」
「ばれますわー」
基本的に優柔不断でご飯は何でも美味しいたちの英なので、ここでもしばらく悩んだが、俺の「じゃあ洋食」の一言でフードコートとは別のフロアにあるオムライス屋に決まった。
店内は混み合っていたものの、十分ほど待ってから窓際の席に案内される。
案の定メニューを開いてからまた悩み始めた。いい加減慣れているので、ぼけーっと頬杖をついて待つ。
「何と何で悩んでんだよ」
「…………ひみつ」
「なんで」
「言ったら一也、自分のよりそれ頼むから」
「じゃあ俺、和風おろしにすっから。何と何?」
「…………」
お、当たったかな。
さすがにどれとどれで悩んでいるかまではわからないが、さっきからしつこく和風おろしを見つめていたのには気付いている。
「……降参っ。わたしデミグラス!」
「よろしい。すいませーん」
そんなこんなで昼食をとりつつ、兄ちゃんの誕生日プレゼントを協議する。
俺たちが小学生の頃から青道の寮に入っていた兄ちゃんの趣味嗜好は、やはり離れて暮らしている以上詳しくなれない。ここのところ食器類や小物を毎年贈っているのだが、英は毎年死ぬほど悩んでいた。
入浴剤、カバン、靴下、箸、ハンカチ、お菓子。お腹いっぱいになったら色々と案も出てきた。
「……入浴剤にしよっと。お兄ちゃんがお風呂に入るかは知らないけど」
「英が入浴剤あげれば風呂入るだろ、完吾兄ちゃんは」
「うーん確かに。……あとお花。一階にお花屋さんあったよね、よし行こう! ご馳走さまでしたっ」
ぱちんと手を合わせた英が伝票を持って立ち上がる。いつものことではあるけど、いい加減男と出掛けても真っ先に伝票を掻っ攫うこの癖をどうにかしてほしい。多分、いずれ彼氏とデートするようになっても変わらないんだろうな。
「お会計はご一緒ですか?」
「一緒です」「一緒で」
二人して千円ずつ出してお釣りを受け取り、英の財布に放り込んだ。
「ありがとうございます」
「つっても数百円ですが」
ぺこぺこと頭を下げ合いながら店を出る。どうせ兄ちゃんのプレゼント代になるんだから変わりやしない。
途中で英に引きずられる形でゲームセンターへ連行され、プリクラを撮らされた。
「わぁ、一也美人」
「別人じゃねーか。なんだよ目のサイズって。整形かよ」
「四百円も払って写真撮るんだから、別人にならないと意味ないじゃない」
「そういうもんか?」
らくがきを終えたあと、データを携帯に送る作業をしている英の後ろで辺りを見渡す。
同年代の女子しかいなくて肩身が狭いと思ったら、入口に『カップル以外の男性立ち入り禁止』と書いてあった。
見なかったふりをしておいた。
入浴剤や石鹸を売っている店に辿りつくと、英はここでも長らく悩んだ。
頭が痛くなりそうなくらいふわふわした匂いの漂う店内には女性客ばかりだった。プリクラに引き続いて肩身の狭さを感じつつ、悩む英を背に商品を眺める。
何に使うんだこれ。バスボムって爆発すんのかな。バブルなんとかと何が違うんだ。ボディなんとかがいっぱいありすぎてよくわかんねー。
兄ちゃんの前に、英の誕生日が今月末。
センバツ出場を決めている俺たちは恐らく、宿泊先のホテルでその誕生日を迎えることになるだろう。今年はさすがに花は厳しいかなと思いながら、桜の花の形をした石鹸を手に取った。
店員から入浴剤の使い方の説明を受けて「へー!」「すごい!」とはしゃいでいるのを遠目に眺めていると、別の店員が寄ってくる。
「彼女さんのプレゼントにいかがですか?」
「え……」
彼女じゃないけど否定するのも面倒くさい。
「どなたかのプレゼント選びに来たみたいですけど、彼女さんも目キラキラさせてますからこういうの嫌いじゃないでしょ?」
「まあ好きでしょうね。可愛いのとかきれいなの好きなんで……」
彼女さん美人ですね〜というお声に「はぁどうも」と適当に返事していると、「えーっ、面白そう。わたしもほしい」「ぜひぜひ」「でも今日はお兄ちゃんのプレゼントなので」というやりとりが聞こえてきた。
ホワイトデーも間近ではあるものの、こっちはお菓子をやると昔から決めている。
まあこの一年は盛大に迷惑も心配もかけてきていたから、ひとつプレゼントをあげるくらいいいだろう。
いくつかの説明を受けてから、最近女子に人気という入浴剤をひとつ包んでもらった。店員同士がアイコンタクトを取り合って英の気を逸らしてくれていたのが面白かった。
支払いを済ませて商品をポケットに突っ込み、英の後ろ髪を引っ張ると、店員の言う通り目をキラキラさせながら振り返る。
可愛いなおい。びっくりしたわ。
「これね、お風呂の中でくるくる回ってマーブル模様の泡が出るんだって! すごいよね!」
「へー」
「これはね、ぱちぱち音がするんだって。中からメッセージカードが出てくるんだって!」
「浴槽傷めねぇ?」
「もう、そこは『すごいな、面白いな』くらい言いなさいよ。彼女できないわよ」
「はいはい。すごいな、面白いな、一緒に入る?」
「マイナス十点。五回コールド」
手厳しい。
「ね、これとこれどっちがいいと思う?」という質問に「匂いの違いがわかんねぇ」と答えて鉄拳制裁を受けつつ、最終的にはレモンとかオレンジとか柑橘系の匂いのする入浴剤をいくつか選んだようだった。
ラッピングを済ませて店を出ると、最後は一階の花屋だ。
ここでも店員と相談しながらブーケのイメージを固めていき、配達の手続きをしてから支払いをする。ついでに自分の部屋に飾る花も買いたいようで、「ガーベラと、ラナンキュラスと」と呟きながらうろうろし始めた。こうなると長いので、一足先に店を出て外で待つことにする。
ややあって、ふわっとしたワンピースの美人が花の包みを両手で大事に抱えて近付いてきた。
ちょっと眩しいからあんまり近付いてほしくないんだけど困ったことにこいつ俺の幼なじみなんだよな……。
「お待たせしました。ごめんね、ありがと」
「なに買ったんだ」
「ガーベラと、ラナンキュラスと、アルストロメリアと、サクラコマチと、アイビー。あと今日一番のお気に入りはホワイトレース!」
「へえ……?」
ガーベラ以外全然わかんねー。