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「……お兄ちゃん、青道高校に行くの?」
中学三年の秋、俺の部屋を訪れた妹が、ととと、と駆け寄ってきた。
ベッドに寝転んで雑誌を読んでいた俺は、未だ心の隅にちょっと抱えている妹への違和感と兄としての罪悪感をどうにか表に出さないように、体を起こして英を迎え入れる。
「ああ。青道高校に行って、野球部の寮に入って、甲子園に行ってくる」
「……そっか」
「なんだよ。寂しいのか」
その言葉がするりと出てきたことに、自分自身が驚いた。
訊かれた英も驚いたような表情になっていたが、何も言わずに短い両腕をいっぱいに伸ばして抱き着いてくる。
心臓が止まるかと思った。
いつだって妹を苦手に思っている俺に気遣って、極力近寄ろうとしてこなかったこの子が、そんなことをするなんて思っていなかったからだ。
「……お正月くらいは帰ってくる?」
「ん。……帰るよ」
「がんばってね」
腹の辺りに埋まった小さな頭に手を伸ばし、恐る恐る撫でる。
柔らかな髪の毛。
シニアの練習を終えて家に帰った頃には、英は家で宿題をしている。だけど小学校の授業が終わって帰宅したら、父さんはもちろん、仕事に復帰した母さんもいない。きっと御幸家で一也と一緒に遊んでいるんだろうけど。
父さんとも母さんとも兄の俺とも、一緒にはいられない。
どれだけ聡明でも早熟でもしっかりしていても、寂しくないわけがない。
「……ごめんな。いつも、一人にして」
英は無言で首を横に振った。
それが何よりの答えだと思う。
今まで抱いていた色んな想いがその瞬間に霧散して、感情の赴くまま、小さな体を力いっぱい抱きしめた。
「寂しくないよ、大丈夫。体に気をつけて、頑張ってきてね。甲子園、応援に行くからね」
「バカヤロー。お前ら置いて行くんだから全国制覇するに決まってんだろ……」
「ふふ」
ああ、くそ、ガキのくせに。
まだ六歳のくせに、こいつは我慢が上手すぎる。
「なに見てんだ、完吾」
「んー、妹の写真。見てみ。美人になったろ」
「ああ、今青道のマネしてんだっけ? 相変わらず超絶美人だな。隣のこれが弟か」
「そうそう、今のキャプテン。お前と同じキャッチャー」
「ふーん。根性入ったいいカオしてんな」
「だろー。ふっふっふ」
弟妹と別れた後で合流したかつての相棒と居酒屋で飲みながら、今年の初詣のときに撮った写真を見せてやる。
「オイあんまだらしねぇ顔すんなよイケメン投手」
「へっへっへ。あ〜俺は幸せだ〜」
「ハイハイ……ほら水」
「可愛い弟と可愛い妹がいて……夢みたいな世界にいて……昔の相棒とも飲めるなんて幸せ者だ……」
「へーへー。全部お前が自分の力で手に入れた縁だ。俺も幸せだよよかったな、はい水飲んで」
ぐだぐだしているうちに英からメールがきた。
解散したあとその足で寮まで行ったらしい。一也と英、それから以前冬合宿に押しかけたときに見かけた目つきの悪いやつとのスリーショットも添付されている。男二人の腕を組んで笑う英はやっぱり可愛い。
俺の贈ったワンピースに、一也のあげたネックレス。
全く性質が悪い女だ。
《お兄ちゃん今日はありがとう。忙しいのに会ってくれて嬉しかった。体に気をつけて頑張ってね》
なんだか泣けてくる。酒のせいかな。
かつてあんなにも疎んだ妹がこんなに可愛く思えること。疎んでいたことに気付いていたはずの妹が笑いかけてくれること。そんな英の傍に一也がずっといてくれたこと、二人が今でも一緒にいること、俺がかつて青春を過ごした場所で泣いて笑っていること。
「オイ泣くなイケメン投手」
「うう……どうしよう妹が可愛い……」
「それもう聞き飽きた。何年一緒にいると思ってんだテメー」
「何度でも言う……うちの弟と妹こんなにも可愛い……」
「へーへー。ほら水」
二人の成長を振り返るとき、俺の頭にはどうしても泣いているあいつらが蘇る。
あの日、あの朝、抱き合って声を上げて泣いた半分と半分。御幸家のおばさんが亡くなったとき、手をつなぎ合って泣いていた二人。その後の日々で、不意に泣きだす一也を抱きしめる英。嫌な夢を見て英が泣いた朝、誰に聞いたわけでもなくうちを訪れてきた一也。
二人寄り添って全部乗り越えてきた半分こ同士が、これからは一緒に幸せばっかり分け合っていけるようになればいい。
これからの人生、二人が隣にいることを選んでも、選ばなくても。
いつも一緒に泣いていたお前たちが、どうか幸せになってくれれば、俺はそれでいい。
世界が君たちに、
優しくありますように
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10万打御礼文でした。2018/02/23〜03/09掲載