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「お兄ちゃんに言うなんてひどい」
「……黙っとけるわけないだろ」
「いつ言ったの」
「去年の大晦日」

 涙目で拗ねたまま電車に乗り込んだ英に、ちくちくと言葉と空気で攻撃されながら、俺は内心で兄ちゃんを恨んだ。
 別に本気で怒っているわけじゃない、身内に知られて照れているだけなんだろうけど、正直泣いてくれた方が対応は楽だ。こいつは滅多に拗ねたり怒ったりしないから、こっちの方が困ってしまう。

 苦し紛れに、膝の上できゅっと握られている英の手を上から包み込んだ。
 すると頑なだった拳を開いて指を絡めてくる。
 八つ当たりしたり衝突したりが多かったこの夏から秋にかけて、これが俺たちの仲直りの合図になった。

「悪かったって」
「誠意が足りない」
「……ハーゲンダッツ買ってやるから」
「高いもの買えばいいってもんじゃないのよ」

 存じ上げておりますとも。
 英がお高いカップアイスよりも、安いけど二人で分けられるパピコやピノが好きなこと。

「コンビニ寄って帰るか」
「アイスは寒いから嫌」
「豚まんとピザまん」
「…………」

 ちょろいなぁ。
 まあ、こういうところが可愛いんだけど。

 つないでいない方の手を伸ばし、首元のネックレスを指先でいじる。若干予算オーバーではあったけど、やっぱりこれにしてよかった。

「似合ってる」
「…………どうも」
「機嫌直った?」
「その一言でまた悪くなった」
「わがままなお嬢さんだなぁ」

 どうせそろそろ何に拗ねていたのかも忘れた頃だろうに、意地を張ってぷいっとそっぽを向く英に笑ってしまう。つないだ手を膝の上でとんとんと揺らすと、絡ませた指先に力を込めてきた。

「……豚まんとピザまんどっちがいい?」
「言わない」
「なんでだよ」
「言わせたがってるから言わないっ」

 なんだそりゃ。ついつい笑い出してしまった俺を、英がバシバシ叩いてくる。

「痛い痛い、やめろ」
「一也が笑うからじゃないの」
「ごめんって。なー、両方食べたいから半分こして?」
「もう一也なんて知らない」

 ――いいか一也。傍にいることは、傷付けることだ
 ――傷付けて泣かせる回数よりもずうっと、お前ら、一緒にいて幸せなことの方が多いんだからさ

 兄ちゃんがくれた言葉を頭の中で反芻する。
 高校生になってから、傍にいるだけで英を傷付けてしまうことが増えていた。俺の方の余裕がなくなって八つ当たりしたことも数知れない。英はその度に柔らかく受け止めてくれて、たまに泣いたりもしたけど、絶対に俺から離れていったりしなかった。

 再びそっぽを向いてしまった英は、その後しばらく俺がご機嫌とりで話しかけても、唇を尖らせたまま沈黙していた。

 それでもつないだ手は解かなかった。
 きっと、それだけで十分だった。